その土曜日、7時58分

2008/08/26 SPE試写室
ある兄弟が計画したごく簡単な強盗計画の顛末。
ギリシャ悲劇のような重厚なドラマ。by K. Hattori

Before the Devil Knows You're Dead  離婚したあと娘の養育費支払いにも事欠いているハンクは、会計士として裕福な暮らしをしている兄アンディから奇想天外な儲け話を持ちかけられる。それは両親の経営する小さな宝石店を襲撃し、金庫の金と宝石を奪おうというもの。60万ドル相当の金品を2割の値段でさばき、利益を折半するという計画だ。店の様子は昔からよく知っているし、店番の老婆をちょっと脅すだけのチョロイ仕事。店は保険に入っているから、実質的な被害はゼロ。ただしアンディは店周辺で顔が知られているので襲撃は無理。金に困っているハンクは結局この計画に乗ることにするのだが、そこでひとつの誤算が生まれる……。

 最悪の状況に追い込まれている人間たちが、さらに最悪の状況を引き起こすという愚かしい悲劇。シドニー・ルメット監督自身はこれを「メロドラマ」と呼んでいるけれど、悲劇の根源を「偶然」や「運命」に委ねている点では確かにメロドラマかもしれない。メロドラマは偶然に委ねられた物語の陳腐さを批判する言葉として使われることが多いのだが、そんなことを言えば、悲劇の根源をデルポイの神託に求める「オイディプス王」もメロドラマなのだ。男と女が偶然出会い、運命にもてあそばれながらすれ違い続けるのがメロドラマの本質ではない。『その土曜日、7時58分』はギリシャ悲劇にも似た重厚なメロドラマであって、あらかじめ破滅を決定づけられた人間が、そうと知らぬまま定められた運命と格闘し敗北していく姿を描いているのだ。

 オイディプス王の悲劇を決定づけている神託に相当するものは、映画の冒頭で描かれる強盗の失敗だ。ここから映画は何度も何度も過去に戻って、強盗が成功すると信じ切って疑うことのない兄弟たちを描いていく。観客はひとり残らず兄弟の計画が破綻することを知っているのに、当人たちだけがそれを知らない。失敗するとわかっている強盗計画に向けて、着々と準備を進めていく男たちの、なんと哀れで滑稽なことか。彼らは自分たちの未来が、自分たちにとって都合よく動くものだと確信している。なんという図々しさ!

 しかしこの図々しさは、映画を観ている我々自身の図々しさでもある。我々もまた日々の日常の中で、自分勝手に都合のいい未来だけを期待して生きているのではないか。その期待が裏切られたとき、我々は自らの不明を顧みることなく憤るのだ。「なんてことをしてくれたんだ!」「こんなの間違ってる!」。こんなことをしたのは自分であり、間違っているのも自分自身なのに、人はそれから目を背けようとする。

 映画の後半は、強盗事件のその後を描いている。強盗失敗でドツボにはまったと思ったら、不幸の奥は深い……。不幸のどん底には、さらなる底が用意されている。

 「人は決して自分で思うほど幸福でも不幸でもない」
 「世には我々の感受性を絶する極度の幸と不幸が存在する」
 (ラ・ロシュフコー箴言集)

(原題:Before the Devil Knows You're Dead)

10月公開予定 恵比寿ガーデンシネマ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2007年|1時間57分|アメリカ|カラー|ビスタサイズ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.doyoubi758.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:その土曜日、7時58分
DVD (Amazon.com):Before the Devil Knows You're Dead
DVD (Amazon.com):Before the Devil Knows You're Dead [Blu-ray]
DVD (Amazon.com):BEFORE THE DEVIL KNOWS YOU'RE DEAD (HD) (DVD HD)
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