扉をたたく人

2009/05/13 京橋テアトル試写室
移民の作った世界一自由な国アメリカが抱える現実。
主演はリチャード・ジェンキンス。by K. Hattori

The Visitor [Original Motion Picture Soundtrack]  音楽家だった妻を5年前に亡くして以来、生きる情熱をすっかり失ってしまった大学教授のウォルター。コネティカットの大学で週1コマの授業を受け持ってはいるものの、授業は毎年同じことの繰り返し。研究のためと称して空けてある時間も、ただ無為に流れていくばかりだ。そんな彼が、同僚の代理仕事でニューヨークを訪れる。滞在中の宿はかつて夫婦で暮らし、妻亡き後もそのままにしてあるアパート。ところが無人のはずのその部屋には先客がいた。怪しげな周旋屋からアパートを又貸しされたという、シリア人移民の青年のタレクとセネガル人の恋人ゼイナブだ。事情を知るや即座に荷物をまとめて出ていくふたりの素直さと正直さに、ウォルターは少し好感を持ち、少し気の毒にも思う。どうせ部屋は空いている。新しい部屋が見つかるまでは一緒に暮らせばいい。こうして3人は一緒に暮らすことになる。

 まったく見ず知らずの人間同士が共同生活を始め、やがて疑似家族関係が生まれていく物語。しかしこの映画が面白いのは、すべての人間を結びつけているキーマンになる人間が、物語の途中から姿を消してしまうことだ。タレクはウォルターと地下鉄に乗ろうとするところを警戒中の警官に捕らえられ、不法滞在を理由に入国管理局の拘置所に収容されてしまう。連絡が取れなくなった息子の様子を心配して、彼の母親のモーナがミシガンからやってくる。ウォルターはモーナをゼイナブに引き合わせ、タレクというひとりの青年を中心にして、出身地も民族も世代も違う3人の男女が、家族のような交流を持つようになる。しかし彼らを結びつけている共通の関係者は、入管に捕らえられているタレクなのだ。

 映画は人と人との出会いや交流という普遍的な物語の背景に、9.11テロ以降、外国人に対してきわめて不寛容になっているアメリカの姿をあぶり出していく。かつてアメリカは、海外からの移民に対してきわめて寛容な国だった。アメリカは移民が作った国であり、移民こそが国の活力源だった。労働力として東欧やアジアから積極的に大量の移民を受け入れたこともある。アメリカは世界一自由な国として、政治的な圧力にさらされて祖国を捨てた移民たちを亡命者として受け入れた。たとえ不法に移住してきた外国人であっても、アメリカに生活の基盤を持って良きアメリカ人になりさえすれば、無理に追い出したり追い返したりはしなかった。しかしそうしたアメリカが、2001年9月11日を境に変わってしまう。タレクもその被害者なのだ。

 主人公たちがフェリーでスタテン島を訪れるエピソードが、この映画の描こうとしている世界を象徴している。船から見える自由の女神。その足もとには、欧州移民の受け入れ基地だったエリス島がある。それはかつてヨーロッパから渡ってきた移民たちが、船から眺めたのと同じ風景だ。しかしその先に、もはや昔のアメリカは存在しない。

(原題:The Visitor)

6月27日公開予定 恵比寿ガーデンシネマ
配給:ロングライド 宣伝:ムヴィオラ
2007年|1時間44分|アメリカ|カラー|1:1.85|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.tobira-movie.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:扉をたたく人
サントラCD:扉をたたく人
サントラCD:The Visitor
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