20世紀が生み出した人類史の中でも最大級のモンスターといえばアドルフ・ヒトラーであり、彼が生み出したのがファシズム(全体主義)という悪夢であることは間違いない。だが1930年代の世界は、なぜヒトラーの扇動に乗ってファシズムへの道を突き進んでいったのか? ヒトラー政権誕生の理由を、当時のドイツが置かれていた社会的政治的状況に求める説明は多いが、本当にそれだけが理由なのか? ヒトラーや第三帝国という反面教師を得た20世紀後半の世界は、もはやファシズムの時代に逆戻りしてしまうことは有り得ないのだろうか? そんな疑問に答えようとするのが、この映画だ。
物語は実話に基づいている。1967年、アメリカの高校でロン・ジョーンズという歴史教師が、授業の一環として生徒たちとファシズムの再現実験を行った。それは単純なスローガンとルールを掲げて、教室の中に全体主義的な統制社会を生み出すこと。この運動は「ザ・サード・ウェーブ」と名付けられた。教師はもちろん生徒たちも、それがナチスドイツの単純な模倣であることを自覚している。ナチスは悪であり、ファシズムは悪夢だ。ならばこの全体主義の実験は、生徒たちにとって悪夢となっただろうか? 実際はまったく逆だった。生徒たちは全体主義的な統制社会が生み出す力に魅了されてしまうのだ。統制された行動が生み出す集団の結束力。ひとつの目標に向けて団結した集団が生み出す力。ファシズムはその中にいる人間にとって、たまらなく魅力的な社会システムなのだ。この実験はその波及力に危惧を抱いた学校当局によって、予定より早い段階で中止に追い込まれたという。
この話は1981年代にアメリカで「ザ・ウェーブ」としてテレビドラマ化され、青少年向けのノベライズ小説も出版された。ドラマ版はほとんど忘れられているが、小説版「ザ・ウェーブ」はさまざまな言語に翻訳されてロングセラーになっている。(日本版も出ていて、僕も出版当時に読んだ。)映画『THE WAVE ウェイヴ』はこの小説をもとに、物語の舞台を現代のドイツに移したサスペンスドラマだ。「ナチスの話はもうウンザリ!」と言う現代ドイツの高校生たちが、教室で始まった全体主義実験の魅力に飲み込まれていく様子にはリアリティがある。これは原作の小説よりも面白いかもしれない。学校を支配しはじめた「ウェイヴ」に反対する女子生徒が批判チラシを配布しはじめると、これをとがめた生徒が「白バラにでもなったつもりか!」と責める不気味さ。「ウェイヴ」の中にいる生徒たちは、自分たちがナチスのようなことをしていることに自覚的なのだ。そうだとわかっていても、全体主義の魅力は人間を完全に虜にしてしまう。
全体主義は素晴らしい社会システムだ。ただしそこから自分が排除されなければだが……。ナチスドイツは障害者を、共産主義者を、同性愛者を、ユダヤ人を、自分たちの社会から排除し抹殺した。
(原題:Die Welle)
DVD:THE WAVE ウェイヴ
サントラCD:Die Welle 関連DVD (Amazon.com):The Wave (1981) ノベライズ洋書:Die Welle - Der Roman zum Film. 原作:ザ・ウェーブ(モートン・ルー) 原作洋書:The Wave (Morton Rhue) 関連DVD:デニス・ガンゼル監督 |