谷中暮色

2009/10/01 映画美学校第1試写室
東京・谷中の人々が今も抱き続ける五重塔への思い。
ドキュメンタリー+ドラマ。by K. Hattori

Yanaka  動物園や美術館で知られる上野に隣接し、江戸から昭和の面影を今も残す下町・谷中。ここにはかつて、町のシンボルとしてそびえる五重塔があった。総けやき造りで高さ11丈2尺8寸(34.18メートル)の塔は、池上の本門寺、上野の寛永寺、浅草の浅草寺と並んで「江戸の四塔」と称され、幸田露伴の小説「五重塔」のモデルとしても知られていた。だが昭和32年7月6日未明、不倫の清算をはかる男女の心中放火により焼失。それから50年以上たっても、谷中の人々は五重塔を忘れていない……。

 映画は3つの要素で構成されている。ひとつは谷中にあるNPOでホームムービーの保存修復を手伝っているヒロインが、「炎上する谷中五重塔を撮影したフィルムがある」という噂を聞いて探し始める「現代編」。もうひとつは谷中五重塔の建立を描いた幸田露伴の小説「五重塔」を、「現代編」の主人公たちを出演させてなぞっていく「時代劇」。この2つはフィクションだが、「現代編」の周辺には実際に谷中で暮らす人々のインタビューなどを挿入されていて、いわばこの部分は「ドキュメンタリー」となっている。中心になっているのはフィクションである「現代編」で、ここを軸として「時代劇」と「ドキュメンタリー」が連結している。

 この映画の特徴は、こうした異なる要素が作品中で明確に区分されていないことだ。これはかなり意図的に行われている。現代編とドキュメンタリー部分は、フィクションであるはずのヒロインが谷中の人々にインタビューするという形で継ぎ目無しに作られているし、現代編の主人公たちがそのままの姿で幸田露伴の作品世界に飛び込んでいく時代劇編も、「時代劇映画」というより一種のイメージフィルムみたいなものだ。これは幸田露伴の小説を映像化したものと言うより、幸田露伴の「五重塔」という作品を知ったヒロインが、作中の人物たちに自分を投影している様子を描く「心象風景としての映像」と解釈した方がいいのかもしれない。

 しかしそれを言い出すと、この映画は最初から最後まで全体が「心象風景としての映像」から一歩抜け切れていない印象なのだ。日常スケッチと、空想と、インタビューと、その他もろもろが、次々と浮かび上がっては消えていく。全体として繋がりを持つのは、映像そのものが持つトーンやタッチであって、ストーリーそのものが何を語っているわけではない。映像による随想、随筆、エッセイ。そんな呼び方が、この映画には相応しい。

 おそらくこの映画は事前に厳密な脚本を作っていたわけではなく、撮影しながら、編集しながら、次々にアイデアが出てきて撮り足していったのだろう。増改築を繰り返した結果、廊下が複雑に曲がりくねったり、床の高さが微妙に違ったりする家にも似たいびつなフォルム。それがこの映画の趣向であり、同時に弱さにもなっているように感じる。

(原題:Deep in the Valley)

秋公開予定 シネマート新宿
配給:Big River Films
2009年|1時間49分|日本|カラー|1:1.77|ステレオ
関連ホームページ:http://www.deepinthevalley.net/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:谷中暮色
劇中劇原作:五重塔(幸田露伴)
関連DVD:舩橋淳監督
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