これは平成版『真昼の暗黒』だ。映画『真昼の暗黒』は1956年に公開された日本映画で、監督は今井正、脚本は橋本忍が担当している。取り上げられていたのは、当時まだ裁判で係争中の八海事件だった。1951年に強盗殺人犯として捕らえられ、警察の拷問で虚偽の自白に追い込まれ、裁判で死刑判決を受けた青年たちの物語だ。高裁で死刑判決を受けた無実の男が、面会に来た母親に「まだ最高裁があるんだ!」と叫ぶ劇的な幕切れ。裁判はこの映画が作られた後も二転三転し、被告人たちは無罪と死刑、あるいは無期懲役の間を往復しながら、事件から17年後、映画製作から12年もたった1968年にようやく無罪が確定した。逮捕当時20代前半だった青年たちは、40歳の中年になっていた。
本作『BOX 袴田事件・命とは』も、実在の事件を取り上げた映画だ。1966年に静岡県で味噌製造会社役員宅が放火され、焼け跡から一家4人の他殺死体が見つかる。警察は味噌会社従業員だった袴田巌を逮捕。容疑者は犯行を自供したが、裁判では一貫して無罪を主張。物証がほとんどないことから被告の自供に頼った裁判となったが、裁判途中で警察は新たな証拠を発見して裁判に提出。これが受理されて地裁で死刑判決。高裁への控訴、最高裁への上告も棄却されて死刑が確定した。弁護団は今も再審を請求中だ。ところが2007年2月、地裁で死刑判決に関わった元裁判官のひとりが、袴田死刑囚は無罪だと言い出して物議を醸した。地裁の審議は3人の裁判官で行われたが、この裁判官を除く2名が有罪を主張したため多数決で死刑判決が下されたというのだ。今回の映画はこの元裁判官・熊本典道の目から、袴田事件を追う物語になっている。
袴田事件の一審裁判官たちは、警察の取り調べ調書から被告に対する執拗で過酷な取り調べ事実があったことを知っていた。だが「仮に拷問めいた警察の取り調べがあったとしても、死刑になるとわかっていて被告が自分に不利な自白をするはずがない」と考えて、袴田被告に死刑判決を下したのだ。1968年9月のことだった。だがそのほんの翌月、最高裁は八海事件で上告していた被告全員に無罪判決を下している。警察による取り調べが、無実の人間に罪を自白させることができることを最高裁判所が認めたのだ。袴田事件の一審判決がこの最高裁判断の後にずれ込んでいたら、袴田事件についても無罪判決が下されていたかもしれない。少なくとも自白だけを重んじた判決は、そう簡単に下せなかっただろう。
この映画は袴田事件について告発する映画であると同時に、人が人を裁くことの難しさを問う映画でもある。昨年から施行されている裁判員制度を念頭に置いてのものだろう。映画の中では自らが下した判決に、若い裁判官が悩み苦しむ様子が描かれる。裁判員になるということは、一般人もまたそれと同じ立場に身を置くことなのだ。
DVD:BOX 袴田事件・命とは
関連書籍:袴田事件関連 関連DVD:真昼の暗黒(1956) 関連DVD:高橋伴明監督 関連DVD:萩原聖人 関連DVD:新井浩文 関連DVD:葉月里緒奈 関連DVD:村野武範 関連DVD:保阪尚希 関連DVD:ダンカン 関連DVD:石橋凌 |