薩摩(鹿児島)の下級武士の家に生まれた中村半次郎は、幕末動乱の中で西郷隆盛の側近として頭角を現し、明治になって陸軍少将・桐野利秋になった。だが征韓論に敗れた西郷が陸軍大将と参議の職を辞して下野すると、桐野もこれに同行して鹿児島に戻る。西郷が主催する私学校で若者たちに軍事を教え、原野の開墾に汗を流していた桐野だったが、私学校生徒の暴発によって政府軍との間に戦闘が始まると、薩摩軍の実質的な全軍指揮官として戦った。だが装備と人員に勝る政府軍は薩軍を圧倒し、西郷や桐野は城山の激戦に散ることになった。
幕末期の中村半次郎というのは薩摩と長州の仲が険悪な中でも、個人的に長州人と交流を持っていたりする人物だったという。しかし薩長同盟を画策し実現させた坂本龍馬や、薩長同盟の当事者である西郷や桂小五郎などに比べると、幕末期の中村半次郎はやはり小さな脇役でしかない。明治になっての桐野利秋は、下野した西郷に追随して官を退き、若者たちを扇動して西郷を総大将に祭り上げ、政府に戦いを挑んだ西南戦争の首謀者であるかのようにも見られている。いずれにせよ中村半次郎(桐野利秋)は西郷隆盛という主星に付きまとって光る小さな伴星であり、幕末維新期を背景にした歴史ドラマには必ず登場する重要人物ではあるものの、彼自身を主役にした作品はそれほどなかったと思う。(小説では池波正太郎の「人斬り半次郎」が有名で、これはテレビドラマ創生期に若山富三郎主演で映像化されている。)
今この時代に、そんな「歴史の脇役」である中村半次郎を映画化することの意味はどこにあるのか? それは高度経済成長時代のように、誰もが「歴史の主役」を夢見られる時代ではないという現実が第一にあると思う。最近は戦国時代マニアや歴史マニアが老若男女問わず大勢いるようだが、そこで人気を集めるのは歴史の主役になれなかった、ごくマイナーな戦国武将や領主の参謀となる家臣たちらしい。歴史の主役については語り尽くされていて、今さら新しい魅力を開拓できないという事情もあるのだろう。しかしそれ以上に、脇役が脇役として自分の役目を果たしてゆく姿が、現代人の共感を呼んでいる面も大きいのだと思う。
映画『半次郎 HANJIRO』で主役や準主役となるのは、大きな歴史の中では脇役や端役に過ぎない人物たちだ。映画は中村半次郎と永山弥一郎の友情が大きな柱になっているが、中村半次郎はともかく永山弥一郎の名前を知っている人がどれだけいるだろうか。村田新八、別府俊介、篠原国幹、辺見十郎太など、この映画には大河ドラマの幕末維新ものなどでもほとんど取り上げられることがないような人物たちが次々に登場してくる。だがそうした歴史の脇役たちの、何という格好良さ! 歴史の脇役であると自覚し、為すことが何の報いや成果も得られないと知りながら、それでも己の信念を貫いて命を燃焼させてゆく気概にしびれる。
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