犯罪者の巣窟となっているブルックリンの低所得者向け団地を管轄に抱え、殺人・強盗・暴行・誘拐・麻薬・銃撃など日常茶飯になっている警察署。そこに勤務する3人の警官たちの葛藤に満ちた日々を、グランドホテル形式で描くアントワン・フークア監督の警察映画。3人の主人公が3人とも、「正義と市民の生活のため職務に励みます!」というタイプとはほど遠い警官たち。ここでは警官とギャングたちが同じ環境を共有しながら、双子の兄弟のように社会の底辺とでも言うべき地域の中で共生している。そこではギャングも警官もやっていることが同じだ。映画の冒頭に、警官が強盗のため黒人の少年を射殺した事件が紹介される。強盗を捕らえるはずの警官が、強盗を働くというでたらめぶり。もちろんそうしたでたらめな警官は世界中どこにでもいるのだろうが、この映画に出てくる警察署は両者の距離感が異常なほどに近い。物語の舞台の一方の極が警察署にあり、もう一方の極が団地にあるのだが、このふたつは磁石のN極とS極のように引き合いながら、周囲の物質を吸着してゆく。
出演者の顔ぶれが豪華で通好み。ギャングから大金を奪い取り、家族で済む新居購入の資金にしようとしている貧乏警官役にイーサン・ホーク。彼は『その土曜日、7時58分』や『NYスタテンアイランド物語』(昨年のTIFFに出品)でも、「ヤバイ金に手を出してドツボにはまる男」を演じていた。金がなくなりにっちもさっちもいかない焦燥感が、全身からにじみ出すような熱演。年金生活だけを夢見て目の前に迫った退職の日を指折り数え、自分の安全第一でトラブルから徹底的に逃げ回る弱腰警官にリチャード・ギア。このキャスティングが意外や意外、結構うまくツボには待っている。ギアの持っている温厚な優しさを、人間としての「弱さ」にすり替えているのだ。ギャング組織の潜入捜査官で組織のナンバーツーになっている男をドン・チードルが演じているが、彼が心酔する組織のボスを演じているのがウェズリー・スナイプス。スナイプスは今回脇役だが、彼の醸し出すカリスマ性や人間味があればこそ、潜入捜査官が彼に惚れ込んで逮捕したくなくなってしまう気持ちに説得力が出てくる。潜入捜査官の直属上司を演じたウィル・パットンは腹の読めない食えない男だし、出世のために潜入捜査官をあごでこき使う女性上司役のエレン・バーキンの憎たらしさったらない。
見応えのあるドラマ作品で感心したのだが、警官が主人公の映画に犯罪ミステリーや犯人逮捕のカタルシスを求める人は、この映画を期待はずれだと感じるに違いない。この映画にカタルシスはない。人間が生きていく苦しさ、辛さ、矛盾などが、警察という場所を舞台にして描かれているだけだ。この映画には人が生きていく上で味わう「痛み」が凝縮されている。その痛みは、銃弾を浴びることで味わう肉体的な痛みよりずっと大きい。
(原題:Brooklyn's Finest)
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