おとうと

2010/08/31 新文芸坐
市川崑監督の『おとうと』をリメイクした作品だが……。
まるで寅さん映画の最終回のようだ。by K. Hattori

Otouto  東京郊外で小さな薬局を営む吟子は、夫亡きあと娘の小春を女手ひとつで育て上げてきた。その小春が大学で知り合った医者と結婚することになった結婚披露宴当日、どこから聞きつけたのか大阪から吟子の弟・鉄郎が祝に駆けつけた。風来坊の鉄郎はまったく売れない大衆演劇の役者で、家族にも何度も迷惑をかけたり、恥をかかせてきた前科がある。案の定この日も酒を飲んで大暴れし、姪っ子の晴れの日を滅茶苦茶にしてしまった。「あんな親戚がいるなんて知らなかった!」とすっかり立腹した小春の親戚たちに、ひたすら頭を下げ続ける吟子。鉄郎は大阪に帰っていったが、小春は結局離婚して家に戻ってくることになった。だがしばらくして、吟子のもとに大阪からひとりの女が訪ねてくるのだった……。

 幸田文の同名小説を原作にした市川崑監督の『おとうと』にオマージュを献げる、山田洋次監督にとって久しぶりの現代劇。はっきり言って、これはこの1本の映画だけで観れば面白くない映画だろう。僕は面白い面白くない以前に、そもそも観ていて不愉快なのだ。鉄郎が姪っ子の結婚式をぶち壊しにしてしまうのも不愉快なら、それをおろおろしながらただ眺めているだけの吟子たちにも呆れる。小春の夫のあからさまに人をバカにしたような表情も不快なら、新婚の家を飛び出して実家に戻ってきた娘に向かって「あなたはあちらの嫁なんだから」と家意識むき出しで説教する吟子にもウンザリだ。出戻りの蒼井優と幼なじみの加瀬亮の若いカップルのロマンスに少しホッとするのもつかの間、映画終盤に登場する民間ホスピスはおそらく取材してきた結果がそのまま無加工で映画の中に再現されているように感じられて、映画の中で物語の中にうまく馴染んでいないと思う。手抜きじゃないの?

 しかし僕はこの映画を全面的に擁護する。これは山田洋次監督が作ることの出来なかった、『男はつらいよ』の最終話なのだ。風来坊の鉄郎に、フーテンの寅を重ねる人は多いはずだ。おそらく山田監督もそのつもりなのだろう。『男はつらいよ』では寅さんに寄り添う唯一の肉親が「妹」だったが、この映画ではそれが「姉」に変わり、甥っ子は姪っ子に変わる。物語の上で『男はつらいよ』と『おとうと』の間に話の連続性はないが、これはどう考えたって「寅さん映画」のアナザーバージョン。ただしここに「寅さん」にあったファンタジーはない。風来坊の親戚を迷惑がりながらも受け入れる昭和40年代の日本の家族は消滅し、完全に核家族化した平成20年代の家族像が描かれる。そこではもはや、根無し草の風来坊にいる場所はない。彼は親戚中からつまはじきにされたあげく、のたれ死にするしかないのだ。

 映画に描かれる鉄郎の最後は、のたれ死にする寅さんの最後に他ならない。それが山田洋次のたどり着いた、ひとつのリアリズムなのだろう。

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2010年1月30日公開 丸の内ピカデリーほか全国公開
配給:松竹
2009年|2時間6分|日本|カラー|シネマスコープ|ドルビーデジタル
関連ホームページ:http://www.ototo-movie.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:おとうと
関連DVD:おとうと(市川崑/1960)
原作:おとうと(幸田文)
映画ノベライズ:おとうと
関連書籍:絵本 おとうと
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