MAD探偵

7人の容疑者

2010/11/23 京橋テアトル試写室
失踪した警官と紛失した拳銃で起きた強盗事件の謎。
事件も謎なら捜査する元刑事もミステリアス。by K. Hattori

Madtantei  神がかり的なプロファイリング能力で、数々の難事件を解決してきた香港警察の名刑事バン。彼が精神に変調を起こして警察を退職してから数年がたった。事件捜査中の警官失踪と彼の拳銃を使った強盗事件を捜査していたホー刑事は、元刑事のバンに事件捜査の協力を仰ぐ。家の中で「姿の見えない妻」と会話しているバンはとてもまともな状態に見えないが、それでもホーはバンの能力をに大きな期待を寄せる。バンが最初に目をつけたのは、失踪事件当日一緒に行動していたコー刑事。人間の隠されている人格が見えるバンには、コーが7人の人格に見えた。こうしてバンとホー刑事のコンビによる、奇想天外な事件捜査がはじまるのだが……。

 3年前の東京国際映画祭に『MAD探偵(ディテクティヴ)』というタイトルで出品された作品が、ようやく日本で正式に劇場公開される。監督は『エグザイル/絆』や『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』などの作品で国際的にも評価の高いジョニー・トーと、彼の盟友ワイ・カーファイ。主演はラウ・チンワンとアンディ・オン。アタマのおかしな元刑事が、奇抜すぎる捜査方法で事件の真相に迫っていくというアイデアはコメディ映画にこそ向いていると思うのだが、この映画ではそれをあえてシリアスに演出している。するとこれは、コメディではなく悲劇になるのだ。チャップリンが言う通り、ロングショットで見ればコメディになる素材も、クローズアップになれば悲劇になる。この映画はアタマのおかしな元刑事と、彼を頼らざるを得ない捜査責任者の苦悩に観客を感情移入させ、彼らを悲劇の人物として掘り下げていく。そこにいるのは、滑稽で、哀れで、悲しむべき人間たちだ。

 ジョニー・トーのアクション映画は、ヒリヒリするような緊張感にみなぎるリアルさが売りだが、この映画についてはあまりそうした部分は観られない。それが売りではないということもあるだろうし、ジョニー・トーよりワイ・カーファイの色が濃いということなのかもしれない。むしろこの映画で見どころになるのは、主人公のバンが正気から狂気の側に自ら迷い込んでしまう描写にある。昔馴染みの店で幻想の妻と食事し、彼女をバイクに乗せて疾走するシーンもやるせないのだが、こうしたシーンで彼の妻に対する気持ちが刻みつけられているだけに、その後のシーンで彼が「現実」に背を向けて「幻想」を選び取るシーンにゾッとしてしまう。人は目の前の残酷な現実よりむしろ、現実ではないとわかっている甘い幻想に身を任せる。

 結局この映画は、現実に向き合えない意気地なしな男たちの物語なのだ。バンもそうだし、拳銃紛失事件を起こしたコー刑事も同じこと。そしてバンに事件捜査を依頼したホーもまた……。だが現実から遊離した幻想は、最後の最後に人間を裏切るだろう。映画のラストシーンはそれを示している。

(原題:神探 Mad Detective)

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2011年春公開予定 新宿K's cinema
配給:彩プロ 宣伝・問い合わせ:アルゴ・ピクチャーズ
2007年|1時間29分|香港|カラー|シネスコ
関連ホームページ:http://mad-tantei.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:MAD探偵 7人の容疑者
関連DVD:ジョニー・トー監督
関連DVD:ワイ・カーファイ監督
関連DVD:ラウ・チンワン
関連DVD:アンディ・オン
関連DVD:ラム・カートン
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