親子・兄弟・親戚同士で血生臭い権力闘争を繰り返してきた英国王室だが、本人にはまったくその気がないのに、諸般の事情で泣く泣く国王の地位に就いた人もいる。この映画の主人公ジョージ6世は、現女王エリザベス2世の先代で父にあたるイギリス国王。彼は単なる比喩ではなく、まさに泣きながら王位に就いた人物として知られている。1936年1月に父王ジョージ5世が亡くなった後、最初に王位を継いだのは1歳年上の兄エドワード8世だった。ところがこの新王は皇太子時代から離婚歴のあるアメリカ人女性ウォリス・シンプソンと交際しており、彼女と正式に結婚するために1年とたたずに王位を退いてしまったのだ。兄の退位に最後まで反対していたのが弟のヨーク公(後のジョージ6世)。王室の体面や政治的影響を考えてのことではない。彼はどうしても、自分が国王にはなりたくなかったのだ。
この映画は「王冠を賭けた恋」と言われたエドワード8世とウォリス・シンプソンの恋愛ゴシップを、弟であるジョージ6世の視点から描いた一種のホームドラマ。風雲急を告げる国内外での政治的駆け引き(ドイツにおけるヒトラーの台頭)なども物語のスパイスになっているが、中心になっているのは王室という一家族の内部にある葛藤だ。王室内での人間関係だけでも十分にドラマチックだが、この映画ではそこにジョージ6世の吃音癖という要素を加え、このコンプレックスを掘り下げていくことで、彼の中にある個人的な葛藤の根を浮き彫りにして行く。
こうしたドラマの触媒になるのが、ジョージ6世の話し方講師になるオーストラリア人、ライオネル・ローグだ。この人物は単なる狂言回しではなく、これ自体で内面的な葛藤を抱える生きた人物。もともとはシェイクスピア役者になりたくてオーストラリアからイギリスに渡ってきた彼は、どんな劇団のオーディションを受けてもオーストラリア出身という経歴だけで落とされてしまう。ライオネルの発音には、オーストラリアなまりがあるというのだ。この映画の中では、本当は役者になりたかった男が最高の話し方講師になり、本当は国王になりたくなかった男が国民から敬愛される名君になる。ライオネル役のジェフリー・ラッシュもいいし、ジョージ6世を演じたコリン・ファースも好演している。ジョージ6世の妻であるエリザベスも国民から愛されるチャーミングな女性だったそうだが、この映画でエリザベスを演じるヘレナ・ボナム=カーターの素晴らしさ! こういう妻がいてこそ、ジョージ6世も辛い時代を乗り切れたのでしょう。
それにしても、この映画ではウォリス・シンプソンの扱いに悪意がたっぷり。相手のエドワード8世はハンサムなガイ・ピアースが颯爽と演じているのだが、ウォリスは高飛車で高慢な態度ばかりが鼻につく嫌味な女。まあそう描かれても仕方のない女性ではあるんでしょうけどね……。
(原題:The King's Speech)
DVD:英国王のスピーチ
サントラCD:The King's Speech 関連DVD:トム・フーパー監督 関連DVD:コリン・ファース 関連DVD:ジェフリー・ラッシュ 関連DVD:ヘレナ・ボナム=カーター |