長編コミック「ブッダ」は、仏教の開祖であるゴータマ・シッダールタ(ブッダ)の生涯を描いた手塚治虫の代表作のひとつ。1972年から雑誌連載が始まり、終了したのは1983年。なんと10年以上にわたって雑誌連載されたのだ。今回これを長編アニメーションにするにあたり、製作側は原作を3つにわけて全3部作として公開することにした。本作『手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-』はその第1部にあたる作品だが、さてこの調子で2作目と3作目が本当に作れるものなのだろうか……と、少し不安を感じさせる作品となってしまった。
原作は仏典に沿った形でブッダの生涯を描きつつ、そこに手塚治虫が創作したオリジナルのキャラクターを多数配置することで生き生きとした群像劇になっている。映画もそれを踏襲し、第1部ではブッダの誕生から出家に至る物語に並行して、奴隷の身から一国の将軍にまで成り上がりながら、出自が発覚して破滅する青年チャプラの物語を同時進行で描いていく。しかし問題はブッダの生涯とチャプラの物語に、具体的な接点がまったく存在しないことだ。チャプラとブッダの物語を併走させるアイデアの元ネタは『ベン・ハー』だと思うが、『ベン・ハー』では最終的に主人公がキリストの受難に立ち会い、奇跡的な癒しを受けて、それまでの人生の価値観が大きく変化する。しかし本作のチャプラの生涯には、ブッダとの出会いもなければ、人生の大きな価値観の変化もないままに人生を終えるのだ。
原作あっての映画だが、これはもっと大きく脚色してもよかったのではないだろうか。物語の大きなテーマになっているのは「身分差別」のもたらす苦しみで、この苦しみは身分の低い者が味わうだけでなく、身分の高いものも同じ制度によって苦しめる。それは劇中で、ブッダとミゲーラの身分違いの恋によって描かれているものでもある。ならば同じように、身分の高いものがその身分によって苦しむ様子を、チャプラの物語の中にも仕込めばよかったのだ。
その主人公はチャプラを養子にするブダイ将軍だ。彼はチャプラが奴隷身分であることを承知の上で、彼を自らの養子とする。この展開も『ベン・ハー』と同じなのだが、古代ローマでは奴隷が解放されれば市民になれるが、古代インドでは奴隷は永久に奴隷のままだ。しかしブダイ将軍はそんな社会の掟を承知の上で、なおかつその掟を越えてチャプラを息子として育て上げる。これが発覚すれば我が身の立場さえ危ういのに、将軍はわざわざ危ない橋を渡ってチャプラを跡取り息子とする。ブダイ将軍の中には、身分制度に対する葛藤があるはずなのだ。物語のクライマックスでその葛藤と苦しみをうまく引き出すことができれば、そしてそれを上手くアクションシーンに仕立てることができれば、この映画は『ブッダ:チャプラ編』として十分面白いものになったに違いないのだが……。第2部、第3部がとても心配だ。
DVD:手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく
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