いのちの子ども

2011/06/20 京橋テアトル試写室
手術のためイスラエルに送られたパレスチナ人の赤ん坊。
だが突然の戦争が人々の善意を引き裂く。by K. Hattori

Inochinokodomo  イスラエル南西部にあるパレスチナ人自治区ガザから、一組の母子がイスラエルの病院にやってくる。4ヶ月の赤ん坊ムハンマドは先天的な免疫不全症で、骨髄移植手術以外に助かる道がないのだ。本作の監督はイスラエルのテレビ局でこの母子の事を紹介し、高額な医療費をまかなうための寄付を募る。匿名を条件にこれに応えるイスラエル人が現れたことから、いよいよ手術の準備開始。だが血液検査の結果、ムハンマドの兄姉たちからの移植は不可能。ガザで暮らすいとこたちの血液を調べて適合者を見つけ、手術は無事に成功するのだった。

 これは難病を患うひとりの子供の命を助けるため、多く人たちが力を集めて奮闘する様子を記録したドキュメンタリー映画だ。しかしイスラエルとパレスチナの長年の対立問題が背後にあるため、単なる「人々の善意と愛の物語」では終わらない。ガザではイスラエル兵士による住民虐殺が日常茶飯で、パレスチナ人はイスラエル人を悪魔のような存在だと考えている。パレスチナ人の赤ん坊がイスラエルの医療機関で治療を受けることが、イスラエルの政治的なプロパガンダに利用されるのではないかという恐れが、ムハンマドの家族を不安にさせる。うっかりイスラエルの政治宣伝に協力でもしようものなら、この家族はガザのパレスチナ人社会の中で生きて行けないのだ。このことが、映画の後半でムハンマドの母親と監督の間に大きな亀裂を生み出すことになる。

 この映画が「難病もの」なら、子供の手術の場面がクライマックスになるだろう。だがこの映画では手術自体はわりとあっさり済んでしまい、そこで上映時間の半分にしかなっていない。後半で大きくクローズアップされてくるのは、2008年の暮れから2009年にかけて行われた、イスラエル軍によるガザ侵攻だ。空爆に始まり、地上軍を投入して徹底した破壊が行われたこの作戦で、ガザ地区では一般市民を含む1,300人以上が犠牲になった。この時、ムハンマドの担当医はイスラエル軍の軍医としてガザに入っていた。ムハンマドの治療をしていた病院のパレスチナ人医師は、ガザの自宅が攻撃を受けて目の前で娘たちを殺された。ムハンマドの治療は、イスラエルとパレスチナの関係が最悪の時に行われていたのだ。

 しかしそれでも、この映画に登場する人たちは希望を捨てない。担当医が「僕の息子とムハンマドに友達になってほしい。息子たちがだめなら孫たちの時代になってもいい」と言う場面に僕は胸を突かれる。公民権運動家だったキング牧師の有名な演説「私には夢がある」を連想したのだ。「いつの日か、黒人の子供たちが白人の子供たちと、兄弟姉妹として手を取り合うことができる」とキング牧師が語ったのは1963年のこと。この時、人種間の平等は夢物語だったのだ。だがそれから46年後、アメリカでは建国以来初めての黒人大統領が誕生する。イスラエルとパレスチナの関係も、いずれ改善すると信じたい。

(原題:Precious Life)

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7月16日公開予定 ヒューマントラストシネマ有楽町
配給:スターサンズ 宣伝:メゾン
2010年|1時間30分|アメリカ、イスラエル|カラー
関連ホームページ:http://www.inochinokodomo.com/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:いのちの子ども
関連DVD:シェロミー・エルダール監督
関連書籍:ガザ関連
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