アジョシ

2011/06/21 東映第1試写室
隣家の少女の命を守るため元特殊部隊員がヤクザと死闘。
ウォンビン主演のサスペンス・アクション。by K. Hattori

Ajoshi  古びて薄汚い雑居ビルで質屋を営むテシクは、同じビルに住む母子家庭の少女ソミに慕われている。付きまとうソミを迷惑に感じながら、テシクは彼女の中に自分と同じ心の傷の存在を感じ取り、邪険に追い払うことができないのだ。ある日ソミの母親はヤクザから麻薬を盗み出すが、ヤクザはあっと言う間に彼女の住まいを突きとめる。母子はヤクザにさらわれ、たまたまその現場に居合わせたテシクはヤクザの連絡役を押しつけられてしまう。だがヤクザたちは、テシクがどんな男か知らなかった。彼はかつて特殊部隊の隊員として、数多くの秘密任務に従事した戦闘のエキスパートだったのだ……。

 自分を慕う少女を救うため、ウォンビン扮する元特殊部隊の男が、ヤクザと警察相手に血みどろの戦いを繰り広げるというアクション映画。超人的な戦闘力を持つ主人公が、巨大な犯罪組織相手にたったひとりで戦いを挑むというよくある話だが、それをアクションスターではないウォンビンに演じさせているのがミソだ。決して強そうには見えない男が、じつはとんでもない力を発揮するというギャップ。路地裏の小さな質屋でボンヤリと今日を生きるだけの男が、たったひとりの少女を助け出すため、残る命をすべて燃焼させるような大車輪の活躍を見せる強烈なコントラスト。

 明と暗、動と静の対比は、映画の中のアクション演出にも存分に生かされている。緩急の変化をたっぷり付けたアクションは、まったくジャンルは違うものの、時代劇映画の立ち回りのような呼吸だ。ぴたりと静止し、互いの息を盗むようにじりじりと動き、次に電光石火の動きを見せる。動作を止め、あるいはジワジワと動かしているときの緊張感が、次の動作で一気に解放されるカタルシス。次いでまた動きが止まり、また緊張感をため込んでいく。最近の映画は舞うように動き続けるアクションシーンが主流になり、それはそれで面白いし映画的な快感もあるのだが、そればかりになってしまうと物足りないのだ。

 『アジョシ』は懐かしいアクションのテンポを復活させつつ、細部にはリアリズムをふんだんに盛り込んで新しさを感じさせている。敵を一撃で倒すのではなく、刃物で上腕部や腕の付け根を切りつけて自由を奪うとか、小型のナイフで相手の胸を繰り返し何度も刺して完全に息の根を止めるなど、「人を殺す」「人を傷つける」ことに対する執着が感じられる演出になっている。立ち回り自体は小型ナイフを使ったチャンバラでまるでリアリティのないものだが、細部に小さなリアリズムを挿入していくことで、一人対大勢の戦いにおける大きなウソを成立させる。

 悪役も魅力的だ。マンソク兄弟を演じたキム・ヒウォンとキム・ソンオの狂気じみた表情(特に弟を演じたソンオがいい!)。ベトナム系の殺し屋を演じたタイ人俳優タナヨン・ウォントラクルは、時代劇に出てくる「凄腕の用心棒」といった役回りで主人公を脅かす。

(英題:The Man From Nowhere)

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9月17日公開予定 丸の内TOEI2ほか全国ロードショー
配給・宣伝:東映
2010年|1時間59分|韓国|カラー
関連ホームページ:http://ajussi2011.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:アジョシ
関連DVD:イ・ジョンボム監督
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