女と銃と荒野の麺屋

2011/07/22 京橋テアトル試写室
コーエン兄弟のデビュー作をチャン・イーモウがリメイク。
ギャグも増えてそれなりに面白い。by K. Hattori

Onnatojyuto  今から数百年前(?)の中国。広大な荒野の中に、旅人を招くようにぽつんと建っている食堂があった。暮らしているのは年を取った主人ワンと若い女房。だが女房は住み込みの若い麺職人リーと浮気をし、亭主や他の職人の目を盗んでは馬車の中で逢い引きをしている。ある深夜、店を訪れた巡回警備隊のチャンはワンに対して女房とリーの浮気を報告。ワンはチャンに女房と浮気相手を殺すように依頼し金を払うが、チャンは女房の持つ銃でワンを射殺。金庫の大金を根こそぎ奪おうとするが、肝心の金庫の鍵が開かずそのまま逃走。そこにやって来たのは、主人と直談判しようとした麺職人のリー。彼はワンの死体を見て妻の仕業だと考え、死体を隠さなければならないと考える。一方金庫の中に自分の犯行の手がかりを残しているチャンは、その後こっそりと現場に戻ってくるのだが……。

 コーエン兄弟が1983年に製作した『ブラッド・シンプル』を中国のチャン・イーモウ監督がリメイクした、コメディタッチのサスペンス・スリラー映画。テキサスの片田舎にある酒場を舞台にしたコーエン兄弟作品は、中国辺境の麺屋を舞台にした時代劇になった。ただし細かな場所や時代の設定は不明。街道を騎馬を連れだって失踪する警備隊がパトカーのようにサイレンを鳴らしながら通行する様子などを見ると、これは最初から時代を超越したファンタジーみたいなものと考えた方がよさそうだ。退屈な日常の中にしっかり脚を下ろしていた『ブラッド・シンプル』のキャラクターたちは、奇妙なメイクと衣装を身に着けて金切り声を上げるコミカルな人物たちに変身。コーエン兄弟特有のブラックユーモアはより滑稽さを加味されて、スラップスティック・コメディに近いものに変化している。最初の殺人事件が起きてもそのムードは維持されて、最後にヒロインが殺し屋と一騎打ちするあたりでようやくコーエン兄弟作品に通じる緊迫したムードが出てくる。

 この映画で特に異彩を放っているのは、殺しを請け負う警備隊のチャン。彼は最初から最後までほとんど喋らない無口で不気味な殺し屋役で、『ブラッド・シンプル』の探偵より、『ノー・カントリー』に登場するハビエル・バルデムの殺し屋に近い雰囲気を感じさせる。この映画の中で、もっともコーエン兄弟の映画のニオイを感じさせる人物だ。劇中ではこの警備隊長が一番念入りに造形されていて、犯行現場を立ち去る際にいちいち物の配置にこだわったりする仕草が面白い。この人物に比べると他の登場人物たちはまるでマンガで、特に今回は若い女房の愛人は最初から最後までまるでいいところがない。この映画では彼に加えてデブとチビの麺職人2名を物語に追加しているのだが、それによって愛人が「職人たち」の中に埋没してしまった気もする。

 『ブラッド・シンプル』を期待するとだいぶ持ち味の違う映画で、僕はこれを観ながらヒッチコックのコメディ映画『ハリーの災難』を思い出した。

(原題:三槍拍案驚奇)

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9月17日公開予定 シネマライズ
配給:ロングライド 協力:ハピネット 宣伝:る・ひまわり
2009年|1時間30分|中国|カラー|シネマスコープ|ドルビー・デジタル
関連ホームページ:http://www.longride.jp/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:女と銃と荒野の麺屋
オリジナル版DVD:ブラッド・シンプル(コーエン兄弟)
関連DVD:チャン・イーモウ監督
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