瞳は静かに

2011/11/29 シネマート六本木試写室(スクリーン3)
軍事独裁時代のアルゼンチン社会を子供の視点から描く。
弾圧が日常生活になる恐ろしさ。by K. Hattori

Hitomiwasizukani  アルゼンチンは1976年に起きたクーデターで、ホルヘ・ラファエル・ビデラ将軍を大統領とする軍事独裁政権が成立。将軍は反対派を徹底的に弾圧し、逮捕・拷問・暗殺などが大っぴらにまかり通る暗黒時代となった。この独裁政権はアルゼンチンがフォークランド紛争に敗北したことをきっかけに崩壊し、アルゼンチンは民政移管することになる。しかしその間に、逮捕殺害された人の数は3万人とも言われる。情報局や軍人たちに常に監視されている社会の中で、人々は用心深く息を潜めてひっそりと生きていた。しかし遊び盛りの子供たちにそうした配慮はない。子供らは大人たちがひた隠しにする社会の暗部を、横目で眺めながら生きてきたのだ。

 1977年夏、アルゼンチン北部の都市サンタフェ。8歳のアンドレスは、看護婦をしている母、兄アルマンドとの3人暮らし。しかしその母が突然交通事故で亡くなったことから、アンドレスとアルマンドは別居していた父や祖母と同居することになった。葬式の日に、あっと言う間に母の遺品を焼いてしまった父は、子供たちにとって母の思い出が詰まった家もすぐに売ろうと言い出す。その様子はまるで何かに怯えているようだ。死んだ母の男友達で親戚でもあるアルフレドが、何度もしつこく家を訪ねてくるのはなぜか。目の前の家に出入りする若い男たちから、町の人たちが目を背けて避けて通るのはどうしてか。母恋しさに昔の家に忍び込んだアンドレスは、そこで母がアルフレドから預かって隠していた大量のチラシを見つける。同じようなチラシを、葬儀の日に父が庭で焼いていた。それをまねて、空き地でチラシを燃やし始めたアルフレドに、前の家に出入りしている男が声をかけるのだった……。

 物語の枠組みは子供を主人公にしたホームドラマだ。母親が亡くなって父や祖母と一緒に暮らしはじめた少年の1年の暮らしを通して、親戚や地域の人々との交流や、少年が少しだけ大人に近づいていく様子を描いている。しかしこの映画は不気味だ。まだ幼さの見える男の子が主人公なのに、全体のムードはコスタ・ガブラス監督の政治スリラー映画なのだ。主人公がまったく何も知らないうちに、主人公に関わりのある大きな秘密が巧妙に隠蔽されて行く。大勢が寄ってたかって秘密を隠し通し、あったことがなかったことにされてしまう世界。これはヒッチコックの『バルカン超特急』や、ジュリアン・ムーア主演のスリラー映画『フォーガットン』みたいな世界なのだが、『瞳は静かに』が恐ろしいのは、これが映画のために創作されたファンタジーではないということだろう。

 この映画に描かれた1977年は、アルゼンチンの軍事独裁が始まって1年後だ。たった1年で、この異様な監視体制と反体制派の弾圧が「日常の風景」になってしまっている。じつはこの映画を観ていて一番恐ろしいのは、そこかもしれない。

(原題:Andres no quiere dormir la siesta)

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12月10日公開予定 新宿K's cinema、渋谷UPLINK
配給・宣伝:Action Inc.
2009年|1時間48分|アルゼンチン|カラー|ビスタ|Dolby Digital SRD
関連ホームページ:http://www.action-peli.com/andres.html
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
DVD:Andres no quiere dormir la siesta
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