宮崎駿の代表作『となりのトトロ』が公開されたのは1988年。かれこれ四半世紀近くも昔の映画なのだ。これほど多くの人に愛されて、これほど多くの人に観られている映画だから、現在アニメーション映画を作っている人たちにも直接間接にいろいろな影響を与えているはずだ。しかしこの『ももへの手紙』ほど、その影響力を露骨に感じさせる作品はないかもしれない。物語の枠組み、テーマ、舞台装置など、この映画はすべてが『となりのトトロ』に似ている。
『ももへの手紙』は、東京から瀬戸内の小さな島に引っ越してきた小学6年生の少女が、人間たちを見守る奇妙な妖怪に出会う物語だ。『トトロ』の主人公さつきも小学校6年生の女の子で、東京から所沢あたりの田舎に引っ越してきて不思議な妖怪に出会う。ももの家は母子家庭で、さつきの家は母が不在。どちらの作品でも、不自由な田舎暮らしの親子に何かと世話をしてくれる老人がいて、主人公の少女は近所に住む同い年の男の子と親しくなる。(『トトロ』に出てくるのは勘太で、『もも』に出てくるのは陽太。)父親の仕事が学者であることも共通点だろう。
ここまで似ている作品だが、おそらく『ももへの手紙』を作っている側は『トトロ』をあまり意識していないのではなかろうか。『トトロ』との共通点に気づいていたら、とてもではないがこんなに堂々とした作品は作れない。これは作り手たちの意識の中に『となりのトトロ』という作品が染みこんで、それが自然に外に出てきたものなのだと思う。新しい物語を作ろうとする作家が、結果として聖書やシェイクスピアに似た物語を作ってしまうのと同じだ。この映画を観て僕が思ったのは、この映画が『トトロ』を真似ているということではない。今では『トトロ』が聖書やシェイクスピアと同じ、古典の仲間入りをしていることを痛感したのだ。ひょっとすると僕の想像は実際とは逆で、映画の作り手が物語を整理している途中で『トトロ』との共通点に気づき、細かな設定をあえて『トトロ』から拝借してきたのかもしれない。しかしそれでも、『トトロ』が古典になっているという事実は変わらない。
少女がある種の通過儀礼を経て、ひとつ大人に成長するという筋立ても『トトロ』と同じ。しかしこれはあらゆる児童向け作品に共通する、定番のドラマかもしれない。妖怪たちがトトロほど可愛くなく、トリックスターとして型通りの役目しか果たしていないのは残念。
映画の舞台になっている瀬戸内海の汐島は、この映画のために作られた架空の島。しかしモデルになっているのは広島県の大崎下島。『となりのトトロ』に出てくる昭和30年代の村は実在しないが、『ももへの手紙』の舞台を見たくなれば、広島と愛媛の間にあるこの島に行けばいい。妖怪には出会えないかもしれないが、劇中に登場したミカン畑や、山の上から眺める瀬戸内の風景などは見られるはずだ。
サントラCD:ももへの手紙
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