まだ、人間

2012/04/26 東映第1試写室
ひとりの男の死をきっかけに巡り会った3人の若者の物語。
松本准平監督の劇場映画デビュー作。by K. Hattori

Madaningen  東京のど真ん中で、ひとりの男が殺された。犯人は不明。大企業に勤める達也は死んだ男に儲け話を持ちかけられて、会社から不正に持ち出した金を男に預けていた。だが男が死んだことで、金の行方もわからなくなってしまう。会社にばれる前に金を取り戻さなければならない。達也は会社を休んで死んだ男の近辺を探りはじめる。男の婚約者だったルカを訪ね、行方不明の金と犯人の行方を捜そうと持ちかける。ちょうど同じ時期、達也は大学の後輩リョウに出会い、金も行くあてもない彼を自分の部屋に泊めることにする。こうして3人は出会い、死んだ男も交えてもつれた三角関係(四角関係?)が生み出されていく。

 東大大学院で建築学を学んだ松本准平監督の劇場映画デビュー作で、上映時間2時間を越える力作。物語の発端は殺人事件で、その犯人と消えた金の行方を追うミステリー風なのだが、物語の焦点はやがて謎解きから主人公たち3人の愛憎関係へと移って行き、最終的にはそれも崩壊する。脚本も書いた松本監督はこうした構成に何らかの意図や狙いがあったのかもしれないが、映画を観ていてもそれがさっぱりわからない。ミステリーではじめたなら映画の最後までミステリーの枠組みで物語を展開させればいいのに、途中でその枠組みから物語がはみ出し、二度と元の枠組みに戻ってくることがない。もちろんひとつの映画で物語の展開に沿ってジャンルを越境していくことがあってもいいのだが(ほとんどの映画は複数のジャンルにまたがっている)、映画ジャンルの中でも犯罪ミステリーは物語の拘束力が強いため、それを無視して物語が別方向に展開すると、観客は置いてきぼりになってしまうのだ。「あの話はどうなったの?」と不安になってくる。これを逆手に取るのが、置いてきぼりの放置プレイを意図的に行って観客を強い不安と恐怖の中に叩き込むデビッド・リンチだったりするのだが、本作『まだ、人間』にそこまでの覚悟や意図があるわけではない。

 この映画では人間が持つ矛盾や不合理が大きなテーマになっているようだが、それがストーリーとしては描かれていても、ほとんど具体的なエピソードにはなっていなかったように思う。これは映画の大きな弱点だ。例外はリョウが久しぶりに自宅に戻って、両親と食事をする場面。リョウの家はカトリックで、両親は食前に神に感謝の祈りを捧げるのだが、その直後にリョウと父の間で取っ組み合いの大げんかが始まる。神への祈りと隣人愛が、その数十秒後には突発的な暴力に変貌する矛盾と不合理。この場面で映画は一気にボルテージが上がるのだが、この濃密さが映画の他の場面からは感じられないのだ。

 中心となる3人の人物の中では、リョウのキャラクターが一番面白いのだが、達也はよくわからない人物で、ルカに至ってはまるで何もわからない。映画としてはずいぶん生煮えな作品だ。

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5月26日公開予定 ヒューマントラストシネマ渋谷
6月2日公開予定 テアトル梅田
配給:ティ・ジョイ
2011年|2時間12分|日本|カラー|Full HD|ステレオ
関連ホームページ:http://www.madaningen.com/
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