プンサンケ

2012/05/28 シネマート六本木(スクリーン3)
北朝鮮と韓国の軍事境界線を自由自在に横断する謎の男。
キム・ギドク製作総指揮のアクション映画。by K. Hattori

Poongsan  38度線をはさんで民族と国土の分断が続く朝鮮半島。韓国と北朝鮮の間にある軍事境界線は、非武装地帯という名とは裏腹に、双方が銃を構えてにらみ合う一触即発の危険地帯となっている。だがその世界一危険な場所を熟知し、自分の家の裏庭のように自由自在に行き来する男がいる。いつも北朝鮮のタバコ「豊山犬(プンサンケ)」を手放さないことから、いつしかその名で呼ばれるようになった男の正体は誰も知らない。彼の仕事は南北にまたがって秘密の荷物を運ぶこと。南や北の家族から託されたビデオメッセージや手紙、遺品、時には人間を運ぶこともある。この男の噂を聞きつけた韓国情報部は、北朝鮮から亡命してきた元高官の若い愛人を、男に依頼して韓国に連れてこようとする。任務は無事に遂行されたが、情報部はプンサンケに約束の金を払うことなく拘束してしまう。彼は隙を見て逃走すると、元高官と北朝鮮から連れて来た愛人を誘拐して約束の報酬を払うように迫る。

 製作総指揮と脚本はキム・ギドク。監督のチョン・ジェホンは日本未公開のデビュー作『ビューティフル』でもキム・ギドクの製作総指揮と原作で映画を撮っている。本作はスパイアクション映画風でキム・ギドクの作風とは異なるようにも見えるが、主人公が北朝鮮工作員に捕らえられて以降展開する濃密な世界は、やはりキム・ギドクの世界になっていると思う。映画のリアリズムを突き抜けて、寓話的な世界にはみ出して行くのだ。韓国情報部のメンバーが北朝鮮出身ホステスがいるクラブで酒を飲んでいる場面と、北朝鮮工作員が韓国人ホステスをはべらせて酒を酌み交わす場面を対照的に配置させるあたりで、それはピークに達する。これはもうリアルな現実の世界ではない。様式化された情念の世界なのだ。

 物語としては、主人公プンサンケと北朝鮮から彼が連れ出す若い女イノクが、離れがたく惹かれるという動機が弱いように感じる。男はなぜ、女に惹かれるのか。女はなぜ、男に惹かれるのか。しかしこれは映画中盤から何となく様子がわかってくる。イノクは韓国での自分の暮らしに違和感と嫌悪感を持ち、自分は本来そこにいるべきではない場所に連れてこられていると感じる。彼女は疎外されたアウトサイダーだ。そしてこれは、プンサンケもたぶん同じなのだ。彼は北朝鮮に住むことはできず、かといって韓国に馴染むこともできないアウトサイダーだ。しかし朝鮮半島を離れて別の場所に行くこともできない。彼が南北軍事境界線の中で生き生きとして見えるのは、南でも北でもないというその場所こそが、彼の人生にとってもっとも相応しい場所だからなのかもしれない。そう考えると、映画のラストシーンにも納得が行くと思う。

 主演のユン・ゲサン以下、出演者たちがみなそれらしく見えているのがいい。オダギリジョーがカメオ出演しているとのことだが、残念ながらそれには気づかなかった。

(原題:豊山犬 Poongsan)

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8月18日公開予定 渋谷ユーロスペース
配給:太秦
2011年|2時間1分|韓国|カラー|ビスタ|ドルビー
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