推理作家ポー

最期の5日間

2012/10/17 TOHOシネマズ錦糸町(スクリーン5)
実在の小説家エドガー・アラン・ポーが巻き込まれた怪事件。
これはポーのファンなら必見だ。by K. Hattori

The_raven 原題は『The Raven』で、これはエドガー・アラン・ポーの代表的な詩「大鴉」のこと。ポーはアメリカを代表する詩人なのだが、言葉の壁がある日本では彼の名が「探偵小説の創始者」「短編恐怖小説の名手」として知られていると思う。かく言う僕もポーの短編小説はずいぶん読んだが、詩についてはまったくノータッチ。「大鴉」の名前ぐらいは知っていても、読んだことは一度もない。映画の原題は「詩人エドガー・アラン・ポー」を前面に押し出したものだが、それが日本で『推理作家ポー 最期の5日間』になってしまうあたりに、ポーという人物に対する日米の認識の食い違いが現れているように思う。もっともこの映画は、ポーが生み出した詩の世界よりむしろ、彼が描き出した猟奇犯罪と恐怖を再現しているのだから、「推理作家」というタイトルの方が実態に即しているのかもしれない。

 エドガー・アラン・ポーは1849年10月7日、ニューヨークに戻る途中に立ち寄ったボルティモアで数日を過ごした後、その地で謎めいた死を遂げる。愛妻の死からようやく立ち直り、新しい恋人との間で結婚の約束を交わしたばかりであるにも関わらず急死したポーについては、現在までその死因がさまざまに取りざたされている。彼はボルティモアでの最後の数日間、一体何をして過ごしていたのか? 彼が死の間際までうわごとのように繰り返し呼んでいた「レイノルズ」とは何者なのか? 本作『推理作家ポー 最期の5日間』は、アメリカ文学史の謎とされるエドガー・アラン・ポーとその小説をモチーフにした犯罪スリラー映画だ。

 小説家のポーが、ポーの小説を模した連続殺人事件の犯人を追うというアイデアが面白く、この映画はポーの小説をある程度読んでいると楽しみ場が倍増するはずだ。連続殺人犯が何らかの世界観に見立てて犯罪を繰り返すというアイデアは、アメリカ映画だと聖書を持ち出して来るのが常。しかしこの映画ではそこにエドガー・アラン・ポーを引っ張り出して、しかもポー本人が事件に巻き込まれていくという仕掛け。作品の愛読者であろう犯人と、その作品を生み出した著者との知恵比べだ。

 映画を最期まで観ると、この映画の作り手たちが完全に犯人の側に肩入れしていることがわかる。映画の中で行われている「ポー作品の再現」は見事だが、犯人がいかにしてそれを準備し、実現させたかを考えると、これは実行不可能な犯罪に思える。例えば映画の序盤に登場する振り子を使った殺人だが、この巨大装置を作るのにどれだけの時間と費用と人手が掛かるのだろうか? 映画の最期で明かされる犯人は、どこでその時間と費用と人手を準備したのだろうか? この映画はミステリー映画ではない。これはポー作品に対する愛情に満ちあふれた、映像によるブックガイドなのだ。この映画を観てポーの小説が読みたくなったら、それは映画の作り手たちの勝ちだろう。

(原題:The Raven)

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10月12日公開 丸の内ルーブルほか全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン
2012年|1時間50分|アメリカ|カラー|サイズ|サウンド
関連ホームページ:http://www.movies.co.jp/poe5days/
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:Raven
関連書籍:エドガー・アラン・ポーの著作
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