シャドー・ダンサー

2013/02/14 京橋テアトル試写室
子供を守るために警察の協力者になったIRAの女性兵士。
リアルで残酷なスパイサスペンス映画。by K. Hattori

13021401  1973年の北アイルランド。ベルファストの街は北アイルランド紛争の中心地として騒然とした雰囲気だったが、その中でまだ幼いアイルランド人少年が命を落とす。それから20年後。殺された少年の姉コレットは、IRAのテロリストになっていた。だが彼女はロンドンの地下鉄駅構内に爆弾を置いて逃げる途中、MI5(英国諜報保安部)の捜査官に逮捕されてしまう。彼女の担当捜査官になったマックは、今後彼女に2つの選択肢があることを告げる。ひとつはこのまま逮捕されて、刑務所に送られること。もうひとつはMI5のスパイとして、IRA内部の情報を定期的にマックに伝えることだ。幼い子供を抱えるシングルマザーのコレットに、選択の余地はなかった。彼女はその日から、IRAの内部通報者となる。組織に対する重大な裏切りだ。これが組織内にばれれば、その時点で彼女の命はないだろう。だが彼女の通報で警官襲撃事件が阻止されたことから、IRA幹部はコレットに疑いの目を向けるようになる。一方MI5のマックは組織内の人の動きから、コレットを内通者に取り込んだのにはマック自身が知らない上層部の思惑があるらしいことに気付くのだった……。

 トム・ブラッドビーの小説「悲しみの密告者」(原題:Shadow Dancer)を原作者本人が脚色し、ドキュメンタリー映画『マン・オン・ワイヤー』のジェームス・マーシュが監督したスパイ・サスペンス映画だ。スパイ映画といっても、ここに登場するスパイ組織やスパイたちは、特殊な訓練を積んで秘密兵器を手にした超人たちではない。何らかの使命や掟に縛られ、半ば脅迫されながら危険な任務に従事しているごく普通の人々だ。

 この映画はとても恐ろしいのだが、その恐ろしさは肉体的な暴力や生命の危機にまつわる恐ろしさではない。内通者になることで仲間を裏切れば、それまで身内だった仲間は赤の他人になる。それどころか、自分から最も遠い存在になってしまう。裏切りが人と人の間にくさびを打ち込み、人と人を遠ざけて赤の他人にしてしまう。長年に渡って培われてきた絆は失われ、疑り深い目は生身の人間を単なる物体のように見るようになる。コレットにとって、IRAの上役に当たるケビンは信頼できる頼もしい上官だったはずだ。彼は的確な判断力で作戦を仕切り、用心深く立ち回って決して敵に尻尾をつかませない。だがひとたび彼の疑いの目がコレットに向けられた途端、そうした人間同士の関係は打ち砕かれる。ケビンはコレットを処刑することに何の良心の痛みも感じないだろうし、コレットの弟を拷問しても何の痛みも感じない。そこでは人間が、人間ではない何ものかになってしまっているのだ。

 戦いは人を人ではないものに変えてしまう。最後まで人間らしく振る舞おうとしたものは殺され、最も非情で冷酷な者だけが生き残る。殺伐とした人間の心の風景が、強い印象を残す作品だ。

(原題:Shadow Dancer)

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3月16日公開予定 シネスイッチ銀座
配給:コムストック・グループ 配給協力:クロックワークス
宣伝:フリーマン・オフィス
2011年|1時間41分|アイルランド、イギリス|カラー|シネマスコープ|ドルビーSRD
関連ホームページ:http://shadow-dancer.com
関連ホームページ:The Internet Movie Database (IMDb)
サントラCD:Shadow Dancer
原作:哀しみの密告者(トム・ブラッドビー)
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