クロワッサンで朝食を

2013/05/29 京橋テアトル試写室
旧バルト三国のひとつエストニアからパリに来た家政婦の物語。
ジャンヌ・モローの存在感が光る。by K. Hattori

13052901  エストニアで認知症の母の介護をしていたアンヌは、母が亡くなったことで再び仕事に戻ることに決めた。新しい仕事は、パリの高級アパートで一人暮らしをしている高齢のエストニア人女性の世話係。だがパリに着いてみれば、世話をされるはずの本人はアンヌのことをまったく歓迎せず、嫌味と意地悪で追い出しにかかる。この我が侭なエストニア人女性の名はフリーダ。じつはアンヌを雇ったのは彼女自身ではなく、彼女の元恋人であるカフェ経営者ステファンなのだ。ステファンはアンヌをなだめる一方でフリーダを諭し、なんとかアンヌを雇うことを納得させる。やがてフリーダはアンヌに打ち解け、アンヌもパリでの生活に少しずつ慣れて、ふたりは友人同士のような関係になるかに思えたのだが……。

 フリーダを演じているのはジャンヌ・モローで、この映画は今年85歳になるこの大女優を、いかに魅力的に、可愛らしく、セクシーに描くかという作品になっている。ジャンヌ・モローが80歳を過ぎて今なお「女」であり続けようとするフリーダを伸び伸びと演じていて、しかも嫌らしくならないのが素晴らしい。ずっと年下のステファンにしなだれかかり、甘えた声で取りすがってみせる様子は、冗談なのか本気なのか。そんなフリーダの誘いをのらりくらりとかわすステファンの気持ちはどうなっているのか。

 この映画の見どころのひとつは、フリーダとステファンの間にあるそんな「大人の駆け引き」なのだが、この駆け引きは大人の恋模様というような生やさしいものではない。80歳過ぎで親しい友人もほとんどいないフリーダにとって、ステファンをつなぎ止めるのは自分自身が生きるか死ぬかの大問題なのだ。同時にステファンにとっても、フリーダとどう付き合っていくかが彼の人生にとっての大問題になっている。ステファンはアンヌに対して「もうこれ以上彼女に縛られたくない。俺は彼女が死ぬのを待ってるんだ」と言う。アンヌはそれに対して「それが自然な気持ちよ。わたしだって母の死を待っていたもの」と答える。だがここにあるのは、死を待ち望みながら、それでも失われることのない愛情関係でもある。アンヌは母の死を望みながら、それでもやはり母を愛していたに違いない。だからこそ、彼女はフリーダに自分自身の母親を重ね合わせてしまう。人間同士の関係は、好きか嫌いかの二者択一ではない。好きだが疎ましく思う。愛しているが憎んでもいる。それが人間というものではないか。

 監督のイルマル・ラーグはまだ40歳代のエストニア人監督で、アンヌ役のライネ・マギもエストニアの女優。この映画はエストニアについて何かを語っているわけではないが、フリーダの人生を通して間接的にエストニアの歴史を照らし出すものになっている。人は好むと好まざるとに関わらず、その生きた時代の歴史の中で生きるしかない。フリーダとアンヌの出会いも、そんな歴史の中で生まれたものなのだ。

(原題:Une Estonienne a Paris)

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7月頃公開予定 シネスイッチ銀座
配給:セテラ・インターナショナル
2012年|1時間35分|フランス、エストニア、ベルギー|カラー|ヴィスタ
関連ホームページ:http://www.cetera.co.jp/croissant/
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