ジンジャーの朝

さよなら、わたしが愛した世界

2013/06/28 シネマート六本木(スクリーン2)
同じ日に生まれた親友同士の少女の関係が破局を迎える。
エル・ファニングの表情は忘れがたい。by K. Hattori

13062802  映画は核爆弾の実験映像で幕を開き、原爆で壊滅状態になった広島の映像になる。1945年。西と東に分断された世界が、互いに核兵器を突きつけ合って恐怖の均衡をはかる時代が始まったのだ。同じ年、ロンドンの病院で2人の女の子が生まれる。それがこの物語の主人公ジンジャーとローサ。ふたりは生まれた時からの親友同士。ローサの家では両親が離婚するなど波乱もあったが、ふたりの関係は変わらない。だが1960年代に入ってふたりが思春期を迎えた頃からこの友情関係に揺らぎが生じ、やがて決定的な破局を迎えることになる。

 『オルランド』や『タンゴ・レッスン』のサリー・ポッター監督が、主演に『SUPER8/スーパーエイト』のエル・ファニングを迎えて撮った青春ドラマ。ポッター監督にしてはストレートでわかりやすい映画だと思うのだが、登場人物たちは主人公も含めて誰もが矛盾を抱えた複雑な人たちばかり。主人公のジンジャーは父の影響で無神論者の社会運動家に育っていくが、同時に詩を書くことに喜びを感じる文学少女でもある。親友ローサはタバコも吸えば、盛り場で出会ったばかりの男性とペッティングに興じるという奔放な少女。しかしその一方で、熱心に教会に通う敬虔なクリスチャンであったりもする。だが一番複雑怪奇なのは、ジンジャーの父親ローランドだろう。彼は娘のジンジャーから見て、まさに理想の男性像。若い頃には反戦運動をして投獄された経験があり、その後はジャーナリストとして社会運動に深く関わりつつ、同時に音楽活動で若いアーティストたちとの付き合いも多い。自由闊達なその生き方にジンジャーは魅了され、若い頃の夢を捨てて専業主婦になっている母を軽蔑する。だがこの父が、じつはとんでもない男だということが映画の後半で少しずつ明らかになってくる。

 父親に憧れる子供が、自分の知らなかった父の実像に幻滅してしまうというのはよくある話。映画だと小津安二郎の戦前作品『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』がこの問題を取り上げている。「父親がじつは」というパターンの映画は、他にもたくさんあるに違いない。だが本作でジンジャーが味わう幻滅と失望は、そうした映画に比べても筆舌に尽くしがたいものがある。だがこの映画が巧みなのは、そうした父親のおかしさに、じつは物語の最初の段階からジンジャーが気付いていたという点にあるのだ。ジンジャーの本名が「アフリカ」だと告白するシーンは、忘れがたい印象を残す。これってDQNネームではないか!

 ジンジャーの世界が崩壊して行くクライマックスは、まさに修羅場、まさに地獄の光景だ。このシーンで見せるジンジャーの追い詰められた表情と、最後まで逃げ回ろうとする父親のダメっぷりの対比の見事さ。これこそドラマ、これこそが映画だ。人間たちをここまで追い込んで行く映画を久々に観た。ここには得も言われぬ映画的快感がある。

(原題:Ginger & Rosa)

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8月公開予定 シアター・イメージフォーラム
配給:プレイタイム 宣伝:ポイント・セット
2012年|1時間30分|イギリス、デンマーク、カナダ、クロアチア|カラー|シネスコ|ドルビーSRD、ドルビーSR
関連ホームページ:http://www.gingernoasa.net
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