欧米には口述筆記の伝統がある。企業の社長や重役たちが報告や連絡事項を口述することもあれば、作家が作品を口述したりする。それを書き取るのには速記も使われるが、20世紀半ばには機械式のタイプライター使用が主流になり、タイピストという専門職も生まれた。タイピストの多くは女性たち。彼女たちはその技能に磨きをかけ、互いの能力を競う大規模なコンテストも行われるようになった。本作『タイピスト!』は、田舎町出身のヒロインがタイプコンテストに出場して、勝利の栄冠と恋人をゲットするというコメディ映画だ。
1958年のフランス。保険会社で秘書の職を得ようと田舎町を出てきたローズは、タイプの腕前だけ(?)を社長のルイに認められて、正式採用と引き替えに当時各地で開かれていたタイプ早打ち大会に出場することになった。だが一本指打法のローズがいくらがんばっても、地方予選通過すらおぼつかない。ローズの才能を信じるルイは、彼女を自分の家に住み込ませて徹底的にコーチすることになる。まずは自己流の一本指打法をやめて、十本指でタイプする基礎を身に着けさせる。さらにブラインドタッチをマスターすれば、ローズは向かうところ敵なしだ。だが二人三脚の戦いを続ける中で、ローズとルイの間には恋が芽生えていた……。
物語の着想はタイプコンテストにあるのだろうが、筋立ては『マイ・フェア・レディ』だ。特にこれといった能力のない若い娘を、暇を持て余した金持ちの男が特殊な能力の持ち主に仕立て上げる。『マイ・フェア・レディ』における花売り娘イライザに相当するのが、本作のヒロインであるローズ。ヒギンズ教授に相当するのが社長のルイだ。ヒギンズ教授はイライザを貴婦人に仕立て上げる過程で彼女を愛するようになり、ルイもローズを世界一のピアニストに仕立てる過程で彼女を愛するようになる。このストーリーに新しさはないが、新しさがないゆえに安心して観ていられるし、ストーリーの中にあるこの映画のオリジナル部分が引き立ってくる。この映画にとってのオリジナルとは何か。それは圧倒的な迫力で繰り広げられる、タイピングバトルの数々だ。
この映画は「実話をもとにした映画」ということになっているが、その「実話」とは世界中でタイプコンテストというものが実在したという部分だけだ。映画の作り手も「え? そんなものがあったの? おもしれえじゃねえか!」というところが発想の原点のようだ。タイプコンテストはともかく、最近はタイプライターそのものを見たことも触ったこともない人が多そうなので、このへんの技術的な基礎を、映画の序盤でもう少し丁寧に解説しておいた方が親切だったようにも思う。
オープニングから何度もルロイ・アンダーソンの楽曲「Forgotten Dreams」を使いながら、代表曲「The Typewriter」を使わないというのも不思議な感じ。エンドロールで使われると思ったんだけどなぁ……。
(原題:Populaire)
サントラCD:Populaire
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