祖谷物語

-おくのひと-

2013/10/21 TOHOシネマズ六本木ヒルズ(Artスクリーン)
徳島県の山間部で暮らす女子高生と老人の物語。
主演は武田梨奈と田中泯。by K. Hattori

13102101  徳島県西部にある三好市の祖谷(いや)地区は、平家の落人伝説が残る山間の集落だ。山の中にぽつりと孤立している古い民家には、昔ながらの半猟半農の暮らしを守る老人が住んでいる。ある雪深い日、老人は自動車事故で車の外に投げ出されている赤ん坊を助けて引き取った。春菜と名付けられた赤ん坊はすくすくと成長して高校生になり、卒業後の進路に悩む時期になる。だが春菜の成長とは反対に、老人は日々老いて衰えていく。同じ頃、東京での生活に疲れ果てた工藤という男が、流れ着くようにして祖谷にやって来る。彼は耕作放棄された畑を借りて、自給自足の生活をはじめようとするが、素人の作る畑はそう簡単に軌道に乗ってくれない。やがて季節が巡り、厳しい冬がやって来る……。

 監督は徳島県三好市(池田町)出身の蔦哲一朗。1984年生まれの若い監督で本作が商業映画デビューのようだが、いきなり上映時間が3時間近い大作を取ってしまった。デジタルビデオで撮れば楽だろうに、本作はわざわざ35ミリフィルムで撮っているのだという。主演の武田梨奈は日本に珍しい本格的なアクション女優だが、この映画ではアクションを封印してシリアスな役に挑んでいる。彼女の素朴な持ち味が、いかにも山間の村で育ったという感じに似合っている。このヒロインを育てた老人役には田中泯。ほとんど台詞のない役だが、存在感たっぷり。山の自然と一体になって生きる、山の神か森の精霊のような老人を、じつに見事に演じている。村に流れてくる男を演じるのは『さよなら渓谷』の大西信満。

 この映画は「祖谷」という実在の地名を出して現地ロケしているが、内容はファンタジーだ。一人暮らしの老人が赤ん坊を拾って育てるなど実際の行政手続きとしてはあり得ないし、老人が山に引き込まれるように変容して行く姿もリアリズムの世界を超えている。誰が見てもこれはファンタジーだと思い至るのは、打ち捨てられていたカカシたちが一斉に動き出す場面。これはゾッと全身が総毛立つような不気味さと、その不気味さを含めて成立している美しさがある。映画終盤では東京に出た春菜がとある研究施設に勤務する様子が出てくるが、これもじつに幻想的。彼女が朽ちかけたカカシと共に故郷に戻っていく場面もユニークだ。

 長い映画だが、その長さをあまり感じさせない。これは絵に迫力があるからだろう。話自体はよくわからないのだが、よくわからなくても構わないと思わせる充実した内容になっている。

 ここに描かれているのは「郷愁」だ。誰もが心の中に抱く「故郷への思い」を、祖谷の大自然が真っ直ぐに受け止める。だがこの郷愁はフィクションでもある。ヒロインの春菜はこの土地に根を持たないし、東京から来た工藤は自分と縁もゆかりもない土地にしがみつく。若者たちは土地を離れ、年寄りたちが死んだ後も荒れ果てた家が残されるだけ。それもやがて朽ち果てて消えるだろう。

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2014年早春公開予定 新宿K's cinema
配給:ニコニコフィルム
2013年|2時間49分|日本|カラー|スコープサイズ
関連ホームページ:http://iyamonogatari.jp
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