沓掛時次郎・遊侠一匹

1994/11/02 ユーロスペース2
一宿一飯の義理から人を斬ったやくざが相手の女房と子供を守る。
中村錦之助が長谷川伸の世界を好演。by K. Hattori


 この手の映画を論ずることは難しい。何しろ作られたのが1966年と僕の誕生年と同じだから、かれこれ28年前の作品だ。それだけならまだしも、この物語の原作は長谷川伸原作の新国劇。沓掛時次郎は架空の人物ながら一昔前の日本人には超有名人で、その出身地沓掛(中軽井沢付近)では名前を冠したみやげ物のまんじゅうまで売っている。股旅物の古典として過去に何度も映画化され、古くは大河内伝次郎主演の無声映画が傑作だと池波正太郎の本にはあります。

 あいにくこの類の映画にうとい僕にとって、沓掛時次郎は名こそ知れ、初めて出会う人物です。当然初公開当時この映画を観た人の多くが知っていたであろう予備知識が、僕には全くありません。これは忠臣蔵の比ではないのです。映画は長谷川伸の原作を映画のために脚色したものですが、当然映画化に当たってつけ加えたり取り除いたりしたエピソードがあったと思います。過去に幾多の映画が作られているわけですから、(当時)新作としてこの映画を作るに当たっては、それなりの新味を出すためにさまざまな工夫を凝らしていることでしょう。ところがそもそもオリジナルを知らない僕にとって、そうした工夫がどこにあるのか、どこが新しくて、どこが原作どおりなのかがまったくわからない。物語について論じるのは簡単ですが、それでは長谷川伸の原作について論じているのと多分ほとんどかわらなくなると思いますから、まったくどこから手を出していいのか参ります。

 冒頭に現れる渥美清のエピソードは、おそらく映画のためにつけ加えられたものだと思います。全体の流れからは浮いていますが、これが時次郎が最後にヤクザから足を洗うための伏線になっている。ただしこのエピソードはこれだけで完結していて、この後に続く本編とうまくつながっているとは思えませんでした。登場する女侠も思わせぶりで、後に物語に再登場して活躍するのかと思いきやそうではない。一種のファンサービスのようなものだと、僕は理解しました。

 永田哲朗の「殺陣 チャンバラ映画史」によれば、この作品は東映がそれまでの時代劇から任侠映画に大きく傾斜してゆく、東映時代劇の終焉期に作られた作品。この年、この映画の主役を演じた萬屋錦之助は東映を退社し、東映時代劇全盛時代は終るのです。

 今回新たにネガから焼き直されたニュープリントの色彩は素晴らしく、全編濡れたような鮮やさです。スタジオセットを多用した撮影は、撮影所システムがきちんと機能していた最盛期の日本映画をしのばせる美しさ。画面いっぱいに降る雪から時次郎の独白に移るシーンは名場面で、ふつふつとたぎるような男の想いが、画面から伝わってくるようでした。

 それにしても、登場する男と女の古風なこと。今これと同じ内容の映画を作っても、たぶん観客に受け入れられないでしょう。


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