明治・大正・昭和
猟奇女犯罪史

1995/05/06 大井武蔵野館
阿部定事件のエピソードでは本物の阿部定が出演する。
この一事だけでも観る価値のある映画。by K. Hattori



 日頃から死体を見慣れている検察医を狼狽させたひとつの死体。それは彼自身の妻の自殺死体だった。死体の体内からは男の精液が発見される。なぜだ、なぜ妻は自殺したのだ、何があったのだ……。検察医は過去の事件簿をひもとき参考にすることで、妻の自殺事件の真相に迫ろうとする。この検察医はいわば映画の案内役。主役は事件簿にそって再現される、いくつかのセックス殺人事件だ。東洋閣事件、阿部定事件、小平義雄事件、高橋お伝などがオムニバス劇として映像化されているが、やはり注目は阿部定事件と小平義雄だろう。

 阿部定事件を描いた映画はいくつかあるが、この映画のすごさは再現劇のすさまじさではなく(それもあるけど)、映画の中に、実際の、現実の、本物の阿部定を登場させてしまうことにある。じつはこのエピソードに使われた実際の阿部定映像を、僕は以前テレビ番組で見たことがあるんですが、今回それが劇映画のために撮影されたものだと知ってショックを受けました。この映画は、この部分だけが突出しています。どんなに生々しく現場を再現しても、どうしたって本物の迫力にはかなわない。橋の上で短時間のインタビューに答える老女の映像に「生きていた阿部定さん」という字幕が入ると、その現実に観客は眩暈するはずです。

 エピソードの中では、小池朝雄演ずる連続レイプ殺人犯、小平義雄の物語がよくできている。このエピソードだけがモノクロなのですが、それがこの犯罪のやりきれない閉塞感をうまく表していてよろしい。それに、このエピソードだけ主役が男なんだよね。取調室でニコニコしながら自分の犯行を披露する小平を小池が熱演。買い出しの婦人を薮の中で犯すのは、まるで黒澤の『羅生門』さながら。この映画はその様子を語る小平が「ああ、その時の様子といったら……。暑いギラギラする太陽の下で、白い女の身体が……。ね、刑事さん、わかるでしょ」と刑事に同意を求めると、取り調べ中の刑事が身を乗り出して聞いているという演出はすごい。僕はこのエピソードのおぞましさにうんざりしましたが、たぶんこのエピソードを観ながら勃起する人もいるんだろうなぁ。あ〜、やだやだ。

 この映画は悪女の代名詞、高橋お伝のエピソードで締めくくられる。白い雪、白い死に装束と、刑吏の黒い服とのコントラスト。首切り役人が刀を振るうと、あたりにパッと赤い血が飛び散る。お伝が一刀では死にきれず、血まみれでのたうちまわるなど、絵としては最高です。

 最初からわかっていることだが、検察医の妻が自殺した理由は、結局のところ、最後の最後まで謎のまま。とは言え、こうしたエピソードで全体をまとめるアイディアには、感心せざるを得ません。



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