白い馬

1995/06/11 銀座テアトル西友
愛馬と共にナーダムの騎馬レースに出場する少年の一夏の日記。
映し出された風景に懐かしいアジアの空気を感じる。by K. Hattori



 同じモンゴルを舞台にした映画『ウルガ』をこの映画と同じ銀座テアトル西友で観たことがあるが、それより何十倍も素晴らしい。2本とも外国人が作ったモンゴルの映画だが、この映画を観た後では『ウルガ』の作為的な作劇術が鼻につく。モンゴルの風俗の描き方も、『ウルガ』には異邦人の目からの視点を感じるが、椎名誠の『白い馬』には風土にどっしりと腰を据えた土着の視点を感じた。登場人物たちは全員役者なのだろうが、すべての存在がドキュメンタリー映画のように生々しい。モンゴルの草原をわたる乾いた風の匂いや、家畜の匂い、甘酸っぱい馬乳酒の香りまで漂ってきそうな映画だ。

 まごうことなき日本映画だが、すべてモンゴル・ロケ、登場人物は全員モンゴル人、言葉はすべてモンゴル語という映画なのだ。しかし、不思議なことにこの映画には、日本人が外国で外国人の俳優を使って撮影しました、という気負いのようなものがない。まるっきり自然体なのだが、これは監督・椎名誠の人柄かもしれない。それに、登場するモンゴル人たちの顔つきや表情が、じつにいいのだ。日本人と同じモンゴロイドだから、親しみがわくのかもしれないが、かつて日本にも存在したが、今ではすっかり失われてしまった顔がそこにはある。木村伊兵衛の写真に登場するような、ほんの数十年前には日本にも確実にあった顔。そして、今ではすっかり見ることができなくなってしまった顔が、モンゴルにはまだ残っているのですね。これが何となく嬉しく、懐かしいのです。

 子どもたちが寄宿学校から戻ってくるひと夏の物語だけれど、映画は遊牧民の生活をゆったりと描き出し、ことさらドラマチックに演出することはない。カメラと対象の距離感が、そうした雰囲気を出しているのかもしれないが、この距離感が温かいのだ。ヘンに冷めた視線ではなく、登場人物を見守るようにじっくりと撮っている。すごく優しい視線を感じるのです。いろいろな事件は起こるんだけど、あえて押さえた演出をしているところがまたいい。この押さえたトーンが、最後の最後に爆発するんです。

 主人公ナランが出場する、ナーダムの騎馬レース。数十頭の馬が草原を疾駆するこのシーンは、映画の終末を飾る大スペクタクル。僕はこのシーンを映画館で観られた幸福をかみしめることになりました。走る馬の群を追いかけ、えんえん大移動するカメラ。『ダンス・ウィズ・ウルブス』のバッファロー狩りシーンにも匹敵する、スリルとスピード感。劇場に響きわたる地鳴りのような蹄の音。思わず手に汗握る、高揚した場面です。

 椎名誠のこの映画を観ると、彼が単なる趣味ではなく、本気で映画を撮っていることがわかる。それがまた、気持ちいいのです。


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