ジャンヌ
(二部作)

1995/10/29 銀座シネパトス3
英仏戦争末期に現れたフランス救国の英雄・聖女ジャンヌ・ダルク。
その生涯をひたすら史実に忠実に映画化。by K. Hattori



 英仏百年戦争末期に現れたフランス救国の英雄、聖女ジャンヌ・ダルクの物語。ジャンヌ・ダルクといえば男たちの先頭に立って猛々しく戦うというイメージだが、この映画に血沸き肉躍る戦闘の華々しさはない。むしろ戦場という究極の男社会の中で、彼女がいかにして生き、死んでいったかを丹念に描くことに主眼がおかれているらしい。物語の視点は常にジャンヌにおかれているため、歴史ドラマとして時代のうねりを描くことはない。周辺人物もジャンヌを通してしか描かれず、政治ドラマとしての厚みも出ていない。物語は最初から最後までジャンヌから離れることがないが、かといってジャンヌの一人称の映画かというとさにあらず。彼女の得た神秘体験は常に物語の外側におかれ、彼女が本当に神様のお告げによって行動したのか否か、それはこの映画からはうかがい知ることが出来ないままだ。

 おそらく当時の記録を丹念に拾い、風俗衣装などもきちんと再現したのだろう。歴史の一場面を再現したタペストリーを見るような、あくまでも静かな印象の映像。いわく因縁についての解説がないとタペストリーは単なる壁掛けに過ぎないが、この映画も物語の背景についての説明がほとんどないため、ジャンヌやその時代についていくらかの知識があった方が内容を飲み込みやすいだろう。おそらくフランス人にとってジャンヌ・ダルクは、日本人にとっての戦国武将程度にはなじみ深い人物たちなのに違いない。僕がこの映画で注目したのは、ジャンヌが戴冠させたフランス王シャルル7世の描き方と、フランス軍の将軍で後に悪魔崇拝に凝り、近隣住民から青髭と恐れられたジル・ド・レーの姿だった。ジル・ド・レーはなかなかの美丈夫に描かれていて、僕は満足しました。

 捕らわれたジャンヌを見殺しにするシャルル7世は猜疑心が強い男で、晩年は精神に異常をきたし、毒殺を恐れるあまり餓死したと手もとの人名辞典にはある。その彼が、なぜ田舎出の神憑りの少女の言葉を真に受けて、彼女に全幅の信頼を寄せるようになったのか、その理由はこの映画には描かれていない。物の本によればジャンヌは皇太子の出生の秘密について耳打ちしたらしいが、記録がないからこれは学者の想像でしかない。

 この映画を歴史の教科書的に見るならば、当時いかに社会の中でキリスト教が権威を持っていたかがよくわかって興味深い。また戦闘シーンの描き方も、二十世紀の総力戦を知っている我々から見ると、なんとものどかな風景である。それなりに残酷で痛そうなシーンもあるが、当時の戦争は結局、貴族諸侯豪族同士の意地の張り合いでしかないというのがよく描かれている。フランスという国の概念が形成されたのも、おそらくジャンヌ以降の話でしょう。


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