ガスパール
君と過ごした季節

1996/05/08 シネマカリテ1
男二人、老婆ひとり、女ひとり、子供ひとり。登場人物がみんないい。
陳腐な日本語タイトル以外はみんないい。by K. Hattori


 老女が道端に放置される冒頭の酷薄な場面からして映画が素晴らしい情感をたたえているのは、ひとえにこの老女を演じたシュザンヌ・フロンの豊かな表情に拠るところが大きい。黒いコートの胸には「名前はジャンヌ。文無しです、よろしく」と書いた紙切れが安全ピンで留めてある。彼女がこの紙切れをくっつけたままあてもなく放浪する場面は胸が痛みますが、どこ行くあてもないはずなのに確信に満ちた彼女の足どりには、どことなくユーモアが漂いますね。彼女が通りかかったロバンソンに拾われる場面では、ロバンソンを演じたヴァンサン・ランドンの表情がまた素敵なのです。僕はこのくだりを観ただけで、きっとこの映画が好きになるだろうことを確信しました。

 かつて同じ鍵屋で働いていたロバンソンと相棒のガスパールは、失業した後、海岸沿いの廃屋を改造して小さな食堂を開くことを夢見ている。ガスパールは10年連れ添った妻に逃げられ未練たっぷり。夜になると飲んだくれて思い出のレコードをかけては、海に向かって妻の名を呼び、目が溶けたように泣きじゃくる。昼間は「俺は家族がわずらわしい」なんて言っているくせに、本心は逆なんだよね。

 食堂作りに精を出している二人は、夜になると腹ごしらえ兼食料調達のため、かつての商売道具である鍵束を片手に金持ちの家に忍び込んでは、冷蔵庫や食料庫の中身を物色する。二階の部屋でグーグー寝ているその家の主人夫婦をしり目に、食卓にテーブルクロスを広げて、ガスパールとロバンソンが密やかな晩餐を開く場面の何と楽しげなことか。他人の生活の中に当人に知られることなく忍び込むというのは、一種の透明人間願望の成就でしょうね。あるいは巧妙な覗き趣味。こんな暮らしは根無し草だから許される一種の綱渡りですが、二人はそれを積極的に楽しんでいる。

 ガスパールとロバンソンと老女に、若い未亡人と娘を加えた寄せ集めの家族から、ガスパールがひとりだけ抜けて行ってしまう理由は何となくわかるような気がする。彼は多分未亡人ローザに惹かれている自分に気がついて身を引いたのだろうし、ここで生まれる新しい家族より、以前自分が持っていた妻との生活を愛していたのだと思う。他の登場人物たちが失われて二度と戻ってこない物に執着することなくひたすら前に前にと進んで行く中で、ガスパールだけはやっぱり妻への未練が捨てきれないんだな。彼は思い出と共に、孤独だが気ままに生きることを選んだんです。

 それにしてもこの邦題はひどい。これじゃブリジント・フォンダとジェシカ・タンディが共演した『カミーラ/あなたといた夏』みたいじゃないか。両方ともおばあさんと若者の話ですね。


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