小便小僧の恋物語

1996/07/06 シネマライズ渋谷
ベルギーの首都ブリュッセルを舞台にした小さな恋の物語。
主演の二人が素敵な味わいのある芝居をする。by K. Hattori


 この映画の舞台になっているベルギーの首都ブリュッセルには、一昨年の夏に1ヶ月ばかり滞在していたことがあります。弟の家に居候していたのですが、毎日のようにてくてく市内をただ歩き回っていましたし、路面電車(トラム)もよく利用してました。だから今回、この映画の中に少しずつ見たことのあるような風景が現れると懐かしかったです。

 とは言っても、この映画に登場するブリュッセルらしき風景というのは、冒頭の数カットだけなんですよね。主人公のハリーが登場すると、横には市内の案内図が立っていて、その向こう側にグランプラスにある市庁舎の建物が見えます。(工事中の幌をまとった高い塔が市庁舎です。)ブリュッセルを象徴する風景は、この場面と随所に登場するトラム程度でしょうね。タイトルは「Manneken Pis」なのに、肝心の小便小僧像は登場しません。タイトルになっている「小便小僧」とは、主人公ハリーに、彼の死んだ弟がつけたあだ名です。

 物語は幼い頃に目の前で起こった事故で両親と弟を亡くしたハリーと、トラムの女運転手ジャンヌの、小さくささやかな恋の物語です。18年前の事故以来、感情をなくしたと言うハリーは、ジャンヌに好意を持ってもその好意をうまく相手に伝えられない。ぎこちなく接近して行く二人の姿が微笑ましくもあり、悲しくもあるのです。休日のデートで、ハリーはジャンヌに「愛している」と告げられ、戸惑い混乱しジャンヌをどう扱っていいのかわからなくなってしまう。ハリーの両親が彼に最後にかけた言葉が「愛している」だったから、彼にとって「愛している」という言葉は愛情よりも決別や死と限りなく隣り合わせの言葉なんです。

 やはり恋人を目の前で失った経験のあるアパートの大家が、ジャンヌとハリーの恋を何かにつけて助けようとするエピソードが、物語に幅と奥行きを与えています。主要な登場人物は、同じアパートに住むハリーとジャンヌと大家、それにハリーの友人が少しからむ程度。かつて刑務所暮らしをしていたというハリーの同僚は面白いキャラクターで、この映画の中でにユーモアを振りまいている。「女には本気になるな」と言いながら、女に振られると「俺が撮ったスケベ写真を出版社に売って、雑誌が発売されたら職場と親元に送ってやる」と未練たらたらなのが可笑しい。女にとっては迷惑な男だけどね。

 すごく規模の小さなお話だし、舞台もアパートの部屋、ジャンヌの職場であるトラムと操車場、ハリーの職場であるレストランの厨房、ダンスホールぐらい。地味でとりとめのない、ファンタジックな物語だという見方もできる。映画をまとめているのはハリーを演じたフランク・ヴェラクライセンと、ジャンヌ役アンチュ・ドゥ・ブックの魅力につきる。二人の表情や動作が、寓話的物語の登場人物にいきいきとした存在感を与えているのだ。


ホームページ
ホームページへ