天使の涙

1996/10/20 シネマライズ
『恋する惑星』が大ヒットしたウォン・カーウァイの新作。
金城武がひとことも喋らない人物を好演。by K. Hattori



 公開直後はシネマライズの周りを十重二十重に行列が取り巻いていたという、ウォン・カーウァイの新作を、遅れ馳せで観てきました。前作『恋する惑星』は確かに面白かったけど、実際のデキ以上に評判を呼んでしまった映画だったというのが偽らざる僕の評価。『天使の涙』は『恋する惑星』と同じスタイルで描かれる、まるで『恋する惑星』の続編か番外編のような映画ですが、デキは『恋する惑星』の何倍もよくなっている。複数の登場人物からなる複数のエピソードを入れ子にしてゆく手練手管はより洗練され、一瞬たりとも気の抜けない緊張感と一種の甘さを併せ持つ映像スタイルも物語の中でこなれています。この映画を観ると、『恋する惑星』がこの映画のための秀作のように思えてきます。

 すれ違いを続けるレオン・ライ演じる殺し屋と、ミシェル・リー演ずるエージェント。殺し屋に恋する金髪の女カレン・モク。この三人のエピソードがシリアスで古風なメロドラマ風だとすれば、金城武演じる口のきけない青年モウのエピソードはコミカルで楽しい味付け。口のきけなくなった原因が「期限切れのパイン缶を食べたせい」というのは『恋する惑星』を観た人ならニヤリとするでしょうし、失恋した女に失恋するエピソードの最後で、チャーリー・ヤンがスチュワーデスになっているのも『恋する惑星』からの引用でしょう。

 僕は殺し屋と二人の女のエピソードより、このモウのエピソードの方が印象に残ります。夜になると他人の店に勝手に入り込んで店を開き、強引に客を引っ張り込むという荒唐無稽な設定も面白かった。肉屋の店先で巨大なブタ相手に按摩をする場面は可笑しくて、つい笑ってしまう。モウと父親のエピソードもよかった。針金のハンガーで父親をトイレに閉じ込めてしまうくだりも面白いけど、モウが撮ったビデオを夜中に父親が見ている場面も忘れられない。父親が死んでひとり残されたモウが、ビデオを何度も何度も繰り返して再生する場面など、ちょっと胸に熱いものが込み上げて来てしまったぞ。

 殺し屋のエピソードでは、レオン・ライの格好よさにしびれる人も多いと思うんだけど、それより僕は、彼に恋する金髪の女の側に感情移入してしまった。ミシェル・リーもかっこいいんだけど、スタイルが決まりすぎていてつけ込む余地がないって感じなんだよね。部屋の掃除してても、バーでひとりで酒飲んでても、地下鉄の窓から外ながめてても、男のベッドでオナニーしてても、やっぱりかっこいいもんなぁ。映画の最後の場面の、飯を食い終わって前髪をサッとおろすポーズまでかっこいい。かっこよすぎて近寄りがたい。その点、カレン・モクはいいね。別れの場面ではパターン通りの涙を誘う。

 この映画は全編、香港の「夜の物語」になっています。それが、最後の最後に夜明けで終わるところもよかった。独自な映像美でファンタジックな虚構世界を作り上げていた映画ですが、あの一瞬で、映画の中の時間が映画の外の時間とつながったような感じがします。


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