身代金

1997/01/26 新宿厚生年金会館(試写会)
いつも煮え切らないロン・ハワードの新作にやはり欲求不満。
黒澤の『天国と地獄』をもっと研究しろ! by K. Hattori



 いつも平均点の映画しか作れないロン・ハワード監督が、またしても作ったソコソコ楽しめる映画。逆に言えば、これだけのアイディアがありながら、これだけの映画にしか仕上げられなかったとも表現できる。相変わらず甘っちょろいぞ。もう少しテンポアップすれば、2倍は面白い映画になったと思うんだけどなぁ。

 金持ちの息子が誘拐される話です。雰囲気が黒澤の『天国と地獄』に似ているんだよね。主人公は成り上がりの金持ち、会社の中のゴタゴタが最初に描かれる、FBIが変装して家を訪れる、犯人の動機は金持ちに対する復讐、身代金の受け渡しには主人公が自ら出向く、脅迫電話の背後に聞こえる雑音、子供は映画の中盤で救出、犯人は仲間を殺して逃走、主人公と犯人の1対1での対面などなど……。この映画が黒澤に影響されていることは明白です。じゃぁこの映画が黒澤の映画を越えている部分が少しでもあるかというと、残念ながらほとんどの点でその足元にも及ばない。『身代金』には『天国と地獄』が持っていたダイナミズムの、かけらも見当たらないんだよね。そこがロン・ハワードらしさなんだけど。

 この映画で山場になりそうな場所は3つある。最初は最初の身代金受け渡し。次が人質解放まで犯人が追い詰められてゆく様子。最後が主人公と犯人との直接対決。手に汗握るサスペンスを生み出さねばならないこれらの場面だが、どれもだらしなく弛緩したおざなりのアクション場面でしかない。どうしてこうなるのかなぁ。

 電話口で銃声が聞こえる場面があります。ここは主人公たちが「子供が犯人に射殺された」とパニックを起こす場面。もちろん話の流れから考えて、そんなことはあり得ないことに観客は感づいている。だがそれでもここは「もしかして本当に殺されちゃったのかも」と、観客をソワソワさせなければならない映画の急所です。なすすべもなく泣き崩れる主人公の姿を見ながら、観客も主人公に同情しなければならない場所なのに、映画はなぜか、早々に生きている子供の姿を映し出してしまう。なんでだ。こうなると、オロオロ泣いてる主人公が馬鹿みたいじゃないか。あと1分待てなかったのだろうか。

 この映画はつまらないところを細かく描きすぎで、肝心の骨組みが見えにくくなっている。描写に贅肉が多いんだよ。無駄を省いてもっとシンプルな構成にすれば、話はもっともっと面白くなったはず。この話なら、主人公の会社のトラブルも、犯人側の内輪の事情も、犯人の情婦がパーティーに来ていたエピソードも不要じゃないか。さも伏線があるように見せかけて、じつは何もないという場所が多すぎる。こうした観客をじらせるテクニックも時には必要だけど、それが物語のテンポを悪くしているのだとしたら逆効果じゃないか。

 犯人を演じたゲイリー・シニーズが、冷酷非常な犯罪者に見えないのがそもそもの失敗。『I SHOT ANDY WARHOL』でウォーホルを殺しかけたリリー・テイラーが、今度も拳銃をぶっ放すのが面白かったけどね。


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