ヘンリー

1997/02/22 シネマ・セレサ
実在の連続殺人犯ヘンリーをモデルにした映画だけど実録には程遠い。
マイケル・ルーカーとジョン・マクノートンの出世作。by K. Hattori



 『恋に落ちたら…』のジョン・マクノートン監督が、86年に撮ったデビュー作。主演のマイケル・ルーカーは、この後『クリフハンガー』『トゥームストーン』などにも顔を出しており、個性的な脇役としてハリウッドで活躍しているようです。

 主人公ヘンリーは実在の殺人犯で、多分現在もアメリカの刑務所に服役中のはず。1936年生まれだそうですから、今では還暦過ぎたいい年のオヤジです。映画は実在のヘンリーをモデルにしながら、かなり映画的な脚色を施している。演じているのがマイケル・ルーカーという青年俳優だというがそもそも美化なんだけど、相棒オーティスやその妹ベッキーとの関係なども、なんだか普通の三角関係になっちゃってますよね。映画の冒頭には「オーティスとベッキーは架空の人物だ」という断りが出ますが、実際にはモデルがいます。実在のベッキーは映画同様ヘンリーに殺されてしまいましたが、オーティスは生きたまま警察に逮捕されたようです。

 ヘンリーが殺した数は100人とも200人とも300人以上とも言われ、殺した数では歴史上のどんな殺人犯より数をこなしてます。そうした意味では文句無しに人殺しのチャンピオンなんですけど、ヘンリー・リー・ルーカスはあまり人気のある殺人鬼じゃないみたい。未だ正体不明の切り裂きジャック、「デュッセルドルフの怪物」と恐れられたピーター・キュルテン、『サイコ』や『悪魔のいけにえ』のモデルになったエド・ゲイン、「テキサスタワーのライフル魔」チャールズ・ホイットマン、『ダーティーハリー』のモデルになったゾディアック、天才的な頭脳を持つ色男テッド・バンティ、ホモの人肉食いジェフリー・ダーマーなどに比べると、ヘンリーの殺人は淡々としすぎていてドラマがない。

 殺した数があまりに多すぎるのと、対象や手口が一定しないのも、ヘンリーの犯罪がドラマを生まない原因だと思う。10人や20人ぐらいなら、人間はその中にエピソードやドラマを求めることができる。でも300といわれると、それはもう抽象的な数字でしかない。そしてヘンリー自身にとっては、殺人という行為自体が抽象的な意味しかなくなってしまっている。

 映画の中で、本物のヘンリーにもっとも近いと思われる場面は、彼がベッキーを前に母親殺しの顛末を語る場面でしょう。ヘンリーは母親を「刺した」と言い、直後に「バットで殴り殺した」と言い直し、最後は「射殺した」ことになってしまう。要するに、彼は自分でも覚えてないんです。すべての殺人は彼の頭の中で混沌と交じり合い、区別できなくなっている。実在のヘンリーは他人の犯罪と自分の犯罪の区別さえつかず、それが彼の犯罪の実数や実態を曖昧にしてしまっているんですね。

 殺人カルト「死の腕」のエピソードや、逮捕後キリスト教に帰依するエピソードもありませんでしたね。映画はずいぶんファンタジックに描かれてますが、実際のヘンリーはもっとファンタジックな存在です。


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