秘密と嘘

1997/04/06 シャンテ・シネ2
1996年のカンヌ映画祭パルムドール受賞作。監督はマイク・リー。
家族の中の秘密と嘘を描いた秀作ホームドラマ。by K. Hattori



 1996年のカンヌ映画祭で、グランプリにあたるパルムドールを受賞。他にも最優秀主演女優賞、国際映画批評家協会賞など、合わせて3冠に輝いた話題作。監督・脚本はマイク・リー。母親役で素晴らしい芝居を見せてくれたブレンダ・ブレッシンは、惜しくも受賞は逃したものの、米国アカデミー賞にもノミネートされてました。表面的には弱い人間に見えながら、そのすぐ下に底知れぬ粘り強さを持ち合わせるシンシアというキャラクターを、嫌味なく演じた力量はたいしたものです。

 映画の序盤では、登場人物の関係などについてほとんど説明らしい説明がない。観客は彼らの関係を、画面を見ながら推理して行かなければならない。ハリウッド映画ならこのあたりをもっとコンパクトにまとめてしまうんだろうけれど、イギリス人であり、小津安二郎を敬愛しているというマイク・リーは、ゆったりしたペースで序盤を仕上げる。話が動き始めるのは若い黒人女性ホーテンスが、実母であるシンシアに電話をするあたりから。ここから物語は面白くなって、片時も目が離せなくなる。

 物語の中心になるのは主人公シンシアと、二番目の娘ロクサンヌ、養子に出した最初の娘ホーテンス、弟モーリスらの関係。最初は完全に周囲の人間たちに依存した弱い人間に見えたシンシアは、思わぬ娘との再会をきっかけに生き生きと輝き始める。シンシアとホーテンスが小さなイタリアレストランで乾杯する場面は、映画を観ているこちらまで幸福にしてくれるような場面です。シンシアが食事に備えて何も食べずに出かけるところや、娘であるホーテンスに向かって素直に空腹を訴える場面も、シンシアの飾り気のない素直な性格が伝わってきます。ごく普通の大衆的なレストランで、おそらくは安い白ワインで乾杯しているところがいいんだよね。身分相応の幸福を満喫している感じが伝わってくる。

 自分の孤独を娘や弟に訴えては、ただメソメソと泣いているだけだったシンシアが、どんどん変わって行く様子は痛快でもあり、ちょっと危なっかしくもある。その危なっかしさが頂点に達するのが、弟モーリスの家で開かれたロクサンヌの誕生パーティーに、ホーテンスを友人として招待する場面でしょう。きっと何か失敗する。調子に乗ってとんでもないことをやらかす。ホーテンスの正体が皆にばれて、シンシアが思いがけずに醜態を演じるに違いない。そんな予想は半ばあたり、半ばはずれました。この奇跡のような一瞬は、シンシアの人柄があればこそ、それが有り得るような気がしてくる。

 日本人が同じような場面を演じると、人物たちの虚飾をはぐのにもう少し時間と手続きが必要になりそうですね。欧米人はこういう時、涙を流しながら抱き合えば、解決したような気になれるんだから便利ですね。

 「真実は誰も傷つけない」という台詞はやや単純すぎると思うけど、これさえも娘二人を前にしてくつろぐシンシアの姿に免じてつい許してしまおうという気になる。この映画の勝利は、キャラクター造形の勝利です。


ホームページ
ホームページへ