用心棒

1997/04/08 並木座
テンポの良さとスピーディーな殺陣で一気に見せる娯楽時代劇。
僕の選ぶ黒澤映画ベスト3の内の1本。by K. Hattori



 黒澤映画のベスト3を選べと言われたら、僕は『椿三十郎』『隠し砦の三悪人』と共にこの映画を選びます。『七人の侍』は確かに面白い。でもちょいと長いから疲れる。『生きる』の中に見られる劇的な効果には目をみはる。でもあの説教臭さは鼻につく。『用心棒』の上映時間は1時間50分。黒澤特有の、時に安っぽくさえ見えるヒューマニズムの押しつけがましさもない。徹頭徹尾勧善懲悪の、純粋な娯楽大活劇。狭い宿場町の中で敵対する二つのやくざ組織を、風来坊の浪人が腕と度胸と知恵で壊滅させる物語だ。この映画は外国の映画人にも人気があると見えて、まずは『荒野の用心棒』として盗作され、最近も『ラストマン・スタンディング』としてリメイクされている。ケヴィン・コスナー主演の『ボディガード』では、映画そのものを引用してました。

 監督の思い入れの大きさが、時として映画全体のバランスを壊してしまう危険と隣り合わせの黒澤映画ですが、この映画にはそうしたバランスの悪さがありません。最初から、誰でも楽しめる娯楽映画を作ろうという意図で企画されたためか、監督自身が楽しみながら演出しているように感じられます。もちろん演出上の創意工夫は随所にあって、中でもリアルな立ち回りは、映画界に「三十郎ショック」とも言うべき衝撃を与えました。刀で人間を切るときの、ズバッ、バサッ、という効果音は、この映画以降ポピュラーになったと言われています。

 小さな宿場町を舞台にした映画ですが、登場人物を必要最小限に絞り、それぞれの性格付けを明確にして、誰も彼もが魅力的に描かれています。主人公に味方する居酒屋のおやじや、隣の棺桶屋は愛すべきキャラクターだし、女郎屋の女主人山田五十鈴、やくざの親分山茶花究、頭の弱い暴れん坊加東大介など、登場しただけで笑ってしまう人物のオンパレード。本間先生こと藤田進がタイミングよく見せる100%の笑顔も、何度見ても同じように笑ってしまう。加東大介のメイクもすごいよね。

 この映画に傷があるとすれば、それは映画の最後で卯之助こと仲代達矢がなかなか死なないという点でしょうか。息も絶え絶えの卯之助が「オ、おい……サ、サンピン……イ、居るか……」と声を出す場面なんて、逆に「あんたこそまだ居たのかよ。いい加減に死んだらどうだ!」って気分になります。

 この往生際の悪さは、要するに黒澤本人の迷いの現われなんじゃないかな。黒澤はずっと「もうひとりの自分との戦い」をテーマに映画を撮ってきた人です。この映画なら最大の敵である卯之助は、主人公の三十郎にとって、自分の写し鏡のような存在になるべきなんです。でも『用心棒』では、まだそこまで踏み込んでいない。卯之助の知能犯ぶりも、ピストルの存在と仲代達矢というキャスティングだけで説明されている。心理的なファクターが欠落しているんですね。これじゃ死にきれない。

 続く『椿三十郎』ではそれがずっと明確になって、仲代達矢も一瞬にして死ぬことができるんですけどね。


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