イングリッシュ・ペイシェント

1997/04/28 丸の内ルーブル
身を焦がす恋の情熱をロマンチックに描いた文芸大作。
米国アカデミー賞9部門受賞も納得。by K. Hattori



 米国アカデミー賞12部門にノミネートされ、9部門を受賞した話題作。現物を観れば、受賞も納得できる内容の映画です。この春「何か映画を1本」と考えているなら、迷うことなくこの映画を観るべきでしょう。映画の冒頭から画面に引き込まれ、大画面の映像とそこに繰り広げられるドラマを堪能し、静かな余韻にひたって大満足で劇場を後にできること請け合い。正攻法の描写や、入り組んだ物語をていねいに解きほぐして行くわかりやすさ、美術セットや衣装の豪華さ、ロケーションの雄大さ、印象的な音楽など、どれをとっても安心して観ていられる安定感。なにやらクラシックな香りさえする、正統派文芸ラブロマンスの名作です。

 不倫の恋を描いた物語ですが、不倫が持つどろどろとした愛憎のせめぎ合いは描かれていません。不倫という背景は、恋の炎をより高く燃え立たせるふいごの風でしかない。恋の情熱が周囲の人間をすべて破滅させるという残酷な一面が物語の結末に用意されていますが、そうした恋の無慈悲で無分別で残酷な面はあっさりとしか描かれず、恋の持つ甘美で情熱的な喜びのみに焦点が当てられています。妻の心が他の男に向っていることを知った夫の苦悩も、主人公の裏切りが原因で不具者となったカラバッジョの憎しみも、すべては甘い愛の記憶の中に飲み込まれてしまうのです。

 この異論を許さぬ甘ったるさに、観客を素直に酔わせることができるか否かが、この映画の正否の鍵。その鍵を見事に開けたのは、ロケーション撮影の圧倒的な迫力でしょう。映画の冒頭と末尾に登場する、女を飛行機に乗せて砂漠の上を飛んで行くシーンの悲愴美。砂丘は女の肌のような艶めかしさで、その上で演じられるドラマを包み込む。このスケールの大きさの前には、人間の裏切りや憎しみなどちっぽけなものに見えてしまいます。

 もっとも、不倫の泥沼を描かないのは、監督アンソニー・ミンゲラの資質かもしれません。前作『最高の恋人』は婚約中の男が別れた元妻とよりを戻してしまう話でしたが、元妻の不倫や、婚約者に裏切られた女性のエピソードはさらりと流していました。こうした下地があった上での『イングリッシュ・ペイシェント』です。

 主人公アルマシーとキャサリンが過ごす、恋人同士の幸せで濃密な時間がじつにロマンチックに描かれています。引き裂いたドレスをアルマシーが繕う様子を、微笑みながらながめているキャサリン。アルマシーの髪を優しくシャンプーするキャサリン。「一番幸福な時は?」という問いに「今」と答え、「一番不幸な時は?」という問いに「それも今」と答えるキャサリン。燃えるような恋愛の真っ只中にいる二人の気持ちを、これほど強く印象づける台詞はありません。

 傷ついたキャサリンを包み込んだ布が、ウェディングドレスのように風になびくシーンも忘れられません。この瞬間が、二人にとってのささやかなハネムーン。キャサリンはこの時からアルマシーの「妻」なのです。


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