ブエノスアイレス

1997/07/17 東和試写室
男同士の恋の泥沼を描くウォン・カーウァイの新作。
ヒロインがいない映画は寂しいなぁ。by K. Hattori



 『恋する惑星』『天使の涙』で「香港映画っておしゃれかも」という女性観客の誤った認識を広めたウォン・カーウァイの新作は、これまた女性客が大喜びしそうな内容。トニー・レオンとレスリー・チョンがホモのカップルを演じ、二人が南米ブエノスアイレスで激しく愛し合う様子を、例によってクリストファー・ドイルの流麗な撮影が、今回はモノクロ映像まで交えながら描き出す。『欲望の翼』以降一貫して「すれ違う恋人たち」を描き続けてきたウォン・カーウァイですが、今回も「ホモのカップル」という点を除けば、今までの作品と同じテーマだと考えていいでしょう。同じテーマを反復して描いていることにさえ気がつけば、この監督の作品はどれを観てもまるきり同じに見えます。今回も同じでした。

 『楽園の瑕』以降、複数の人物とエピソードをキルト細工のようにつないで行く作劇術に取り付かれていたウォン・カーウァイ監督ですが、今回の映画は主人公二人を徹底して追い続ける構成で、一気に『欲望の翼』の頃まで戻った感じです。前3作は短編小説を寄せ集めたような味わいがありましたが、今回は長編小説。短編小説の語り口とリズムで、この長丁場はちょっと辛い。目まぐるしく変化するトリッキーな映像表現は抑えられているけれど、もう少し腰を据えてじっくりと見せるところがあってもよかった。恋愛感情のドロドロとした澱のような部分を見せる重さと、淡白な映像がちぐはぐな印象も受ける。『恋する惑星』や『天使の涙』は、同じテーマを圧倒的な色彩と映像のリズムで押し切ってしまうのですが、『ブエノスアイレス』にはそれがない。

 冒頭でいきなり男同士のセックス場面があって、少々面食らいました。僕はこうした場面を生理的に受け付けないタイプなので困ってしまったのですが、あからさまなベッドシーンはこれだけ。あとは延々、気持ちがすれ違って行くカップルの様子をネチネチと描いて終りです。僕はトニー・レオンの視点で映画を観ていたのですが、レスリー・チョン演ずる恋人を、頭の中で常に「女」に置き換えながら物語を追いかけていた。レスリー・チョンは「こんな女は確かにいそうだ!」と思わせる行動をするわけですが、それに翻弄されるトニー・レオンの行動も含めて、この映画が主人公たちをホモセクシャルに設定した必然性をまったく感じなかった。

 監督自身『この映画は愛し合ったふたりがたまたま男同士であったというだけの、とてもシンプルな愛の物語なのです』と述べていますが、それはこの物語がゲイフィルムにすらなっていない状態に対する言い訳にも聞こえます。どんな映画であれ、カップルは劇中で「必然的に」に結ばれるものなのに、この映画にはその必然が感じられないのです。鍵になるのはチャン・チェン扮する若い台湾青年でしょうが、これもあまりうまく物語の中に生かされていない。タンゴを使ったドラマチックな音楽やイグアスの滝の映像は素晴らしい効果を上げているけれど、物語の本筋が弱すぎるように感じました。


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