ロスト・ワールド
ジュラシック・パーク
日本語版

1997/07/28 みゆき座
日本語版を観て気付いたドラマ部分の欠点。
でも僕はそんなこと許しちゃうもんね。by K. Hattori



 『ロスト・ワールド』の日本語版を観てきました。当然ですが、内容は字幕版とまったく同じです。字幕を追わなくて済む分、物語に集中できるとも言えますが、僕は前に字幕版を観て物語が頭に入っているので、日本語吹替えであるメリットはあまりなかった。日本語版の効用が検証できなかったのは、ちょっと残念でした。何はともあれ、この映画について書くのは結果的にこれが2度目になります。いい機会ですから、今回はこの映画がなぜ半数の観客から否定的に評価されるのか、その理由を検証しておこうと思います。

 どんなにこの映画をけなす人だって、この映画に登場する恐竜の映像には驚いたはずです。しかし、それでもこの映画は、映画としてひどくバランスの悪いものになっている。恐竜に免じてそうした欠点を許せれば万事OKなのですが、そうでない人にとって、この映画は観るにたえない駄作でしかない。なぜバランスが悪いのか。この映画は物語のベクトルと映像のベクトルが正反対を向いていて、ひとつの作品としてはまるきりチグハグな作りになっているからです。

 この映画のストーリーを一言で表わせば「危険な島から皆で逃げ出せ!」です。心ならずも恐ろしい肉食恐竜がウヨウヨいる島に取り残された人間たちが、生き残りをかけて必死の逃走劇を演じる。食われて死んで行く人間を尻目に、生き残った人間は逃げて逃げて逃げまくる。安全な島の外に向って、走って走って走り抜く。逃げる、追いつく、また逃げる。盛り込まれているエピソードは、この単純なストーリーを描くのに必要最小限のもので構成されていて、なかなか力強い。間近に迫る恐竜の恐怖から逃れるべく、映画館の観客も手に汗握ってスクリーンを食い入るように見つめられれば、これは最高の見世物になったことでしょう。

 ところが問題がひとつある。それは監督のスピルバーグが「恐竜好き」だったということ。物語の展開から考えて「恐怖の対象」でなければならない恐竜が、この映画の中ではじつに魅力的に描写されている。スピルバーグの恐竜に対する思い入れが強すぎて、この映画の中で恐竜は観客の恐怖を喚起しないのです。映画の前半で「島から逃げよう」というマルカム博士の台詞がひどく白々しく聞こえたのは、スピルバーグがこの時点で島から逃げるつもりなどさらさらないからです。スピルバーグは主人公に「島から逃げよう」としゃべらせているくせに、自分は観客に向って「島をもっと見て!」と言っている。「恐竜は恐い」と言わせておいて、自分は「恐竜って素敵だよ」と言っている。

 「恐竜は恐いぞ、さあ逃げろ!」と掛け声だけかけて、行動が伴っていないのがスピルバーグなのです。彼は恐竜が好きだから、本当に恐竜が現われたら、食われて死ぬか、踏み潰されることがロマンチックだと思っていることでしょう。スピルバーグが語る、恐竜版「饅頭こわい」の一席です。お粗末さまでした。


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