ボディ・バンク

1997/08/07 東宝東和試写室
ヒュー・グラント主演の社会派医療サスペンス。
なかなか面白く、考えさせる映画です。by K. Hattori



 病院の緊急医療センター(ER)に、強盗に撃たれた警官と、彼を撃った強盗が担ぎ込まれてくる。薬物中毒で錯乱状態になっている強盗も、警官との銃撃戦で大怪我をしている。両名とも出血が多い。事態は共に一刻を争う。だが手術室は一杯。ようやく空いた手術室はひとつ。一度にひとりずつしか治療はできない。治療室の外には、撃たれた警官の家族と仲間が心配そうに事態の推移を見守っている。ぐずぐずとしている暇はない。スタッフたちは医者の判断を待っている。担当医は少し迷った末、警官から先に手術室に運ぶよう指示を出す。だが、これを見ていた看護婦は、この医師の判断にクレームをつける。「強盗の方が重傷だった。あの場合、警官を先に治療したのは情緒的判断であって、医療倫理に基づく適切な判断とは言えない。あなたは医者として失格だ」。若い医者はこの看護婦の意見に対し、自分の誤りを認める。映画『ボディ・バンク』はこんなエピソードからはじまります。

 この映画のテーマになっているのは、巷間話題になることの多い「医師の倫理」です。単純な物語ではありますが、テーマは以外に深いところまで掘り下げてあって見応えがあります。『ボディ・バンク』という安っぽい邦題と、ヒュー・グラントとジーン・ハックマンの共演で売る宣伝体制で、この映画はだいぶ損をしている。単なる娯楽映画を「社会派」ぶった映画だと詐称することの多い映画界で、この映画は正真正銘の社会派映画です。直接的に社会の不正や歪みを正そうと訴える映画ではありませんが、物語は寓意に富み、映画を観終わった後、いろいろと考えさせるものを残します。

 監督のマイケル・アプテッドは、過去に『愛は霧のかなたに』『訴訟』『ネル』『瞳が忘れない/ブリンク』などを撮っている人物。現代社会の歪みを、映画の中で寓話的に描くことのできる秀才です。今回もその才能を存分に発揮して、医療技術の進歩に伴う人間性の欠如という問題をあぶりだしている。主演はヒュー・グラント。重要な脇役として、ジーン・ハックマンの他にも、サラ・ジェシカ・パーカー、デビッド・モースなどが出演。この顔ぶれを見ただけでも、この映画がシリアスなサスペンス映画であることはわかると思う。医療サスペンスとしてのリアリティを出すため、監修としてデビッド・クロネンバーグが参加しており、1シーンにゲスト出演しているのも見逃せない。

 ミステリー要素のあるサスペンス映画なので、内容について深く踏み込んで行くことはしない。主人公を破滅させようとする黒幕や、命を狙う殺し屋たちの背景が見えてきた時点で、観客は誰しも最終的な正義がどちらにあるのか迷うはず。映画の作り手たちはこの判断に最終的な結論を出せないまま、態度保留で物語を終わらせてしまう。テーマの矛先や物語の規模は違いますが、僕はこの映画に『もののけ姫』と同様の態度を感じました。安っぽいところもありますが、それを差し引いても面白い映画だと思います。


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