座頭市地獄旅

1997/08/19 銀座シネパトス2
シリーズ11作目は座頭市版「沓掛時次郎」。何度観ても泣ける!
脚本は巨匠・伊藤大輔。監督は三隅研二。by K. Hattori



 今回シネパトスで行われている「追悼・勝新太郎」という特集上映に関して、つい先日、週刊アスキーに紹介記事を書いた(8月11日号)。その際「上映作品を1本も観ていないのはまずかろう」と思ってビデオレンタルショップに出かけ、借りてきたのがこの『座頭市地獄旅』でした。ビデオを見始めてすぐに「どこかで観た」という記憶がよみがえりました。いつどこで観たのかは忘れましたが、多分文芸坐あたりで観たんでしょうね。座頭市が船の中でやくざふたりを相手に立ち回りを演じ、成田三樹夫扮する浪人と将棋を指し始めるあたりで、完全に思い出しました。ということで、この映画は以前どこかで1回観て、つい先日ビデオで見直し、さらに今回シネパトスで観直したわけですが、観るほどに味わいが増す映画です。シリーズの中では特に屈指の名作というわけでもないのですが、細部に工夫があって面白い。

 この映画の脚本を書いたのは伊藤大輔。戦前から活躍している時代劇映画の巨匠で、代表作は大河内傳次郎と撮った『忠次旅日記』三部作や『丹下左膳』シリーズ。戦後も時代劇を何本も撮っていますが、戦前ほどの活躍はなかった。それでもこの当時の伊藤大輔は時代劇映画の先達であり、まだ現役で活躍している重鎮でした。『座頭市地獄旅』は昭和40年に作られたシリーズ12作目。シリーズが定着するにつれてデタラメになって行く時代考証などをできるだけ元に戻し、観客に対するサービスとしての脱線やパロディ的なユーモアを廃して、シリーズの姿勢を正したのがこの映画でしょう。

 物語は2つのエピソードから成り立っています。座頭市が若い武家の兄妹の仇討を助勢する話と、かつて市に亭主を斬られた女が、市と旅をしている内に彼に恋してしまうという話です。後者は明らかに、長谷川伸の名作「沓掛時次郎」を下敷きにしたものでしょう。やむを得ぬ理由から相手を斬ったやくざが、その女房と子供を連れて逃げるという筋立ては長谷川伸の戯曲をなぞっていますが、この映画では亭主を殺された女の怨念が、市への愛情へと変化して行く様子がじつに巧みに描かれています。女の気持ちの変化を、道中笠ひとつで表わす演出は見事。市とおたねが差し向かいで酒を酌み交わす場面からは、男女の情念がほとばしります。

 この映画では勝新太郎が自分の「芸」をたっぷりと見せる場面が何ヶ所かありますが、その中でも最高なのは、芦原の中でやくざと斬り合った後、落とした薬を探し回る場面でしょう。あきらめかけた時、指の先に触れた薬箱をたぐりよせてほお擦りする市の目に涙が光る場面を観ると、僕は思わずもらい泣きしてしまうのです。熱の下がった子供が、「おじちゃん、ありがと」という場面もいい。このあたりは、映画一番の泣かせどころです。

 この映画は小学生や中学生にも観てもらいたい。ここには人間の本当の優しさが描かれています。本当の強さも描かれています。男と女の愛情の機微もたっぷりと描かれています。弱い部分もありますが、いい映画です。


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