ナッシング・トゥ・ルーズ

1998/01/30 ブエナ・ビスタ試写室
ティム・ロビンスとマーティン・ローレンス主演のコメディ映画。
甘ったるくていまいちパンチ不足だと思う。by K. Hattori


 人生でもっとも幸福な日々から、すべてのものを失ってどん底に落ち込み、死んでしまいたいと思ったその瞬間、強盗にピストルを突き付けられたらどうする? 主人公ニック・ビームは、美しい妻と幸福な家庭を築き、広告会社の重役として業界の第一線で働き、世界の誰よりもハッピーな毎日を送っていた。しかしその生活が、ある事件をきっかけにすべて消える。たまたま仕事が早く終わって帰宅した彼が見たものは、妻と自分の上司が寝室でセックスしている光景だった! もっとも信頼していたふたりの人間に裏切られていたことを知り、茫然自失のままフラフラと家を出て行くニック。この瞬間に、彼の中で何かがはじけた。しかしそんな彼の事情を知らぬまま、運悪く(?)彼にピストルを突き付けて強盗を働こうとした男がいた。ニックは自分のこめかみに突き付けられたピストルを見てニヤリと笑うと、アリゾナの砂漠めがけて猛然とアクセルを踏むのだった……。

 きわどい題材から物語がスタートしたわりには、中盤以降、どんどん毒気が薄れて行くコメディ映画。ティム・ロビンス、マーティン・ローレンスという主役ふたりの個性を十分に発揮しつつ、もっとスパイスを効かせた喜劇に仕上げることも十分可能だったと思うだけに、映画の生ぬるい結末にはやや不満も感じる。またこの映画は、生れや育ちや境遇がまったく違う、長身の白人とチビの黒人のコンビが、反目から友情へと関係を変えて行くバディ・ムービーの要素を持っている。この「反目」の部分に、相手に対する抜き難い差別意識や軽蔑の念が見えると、その後の友情がより感動的になるのだが、この映画はそうしたネガティブな面を描かない。

 僕はこの手の映画の基本構成は「スクラップ&ビルト」にあると考える。それまであった人間関係、凝り固まった意識を一度すべてぶち壊し、その後に、新たな人間関係や価値観を作り直して行く。破壊は当人にとって悲劇だが、第三者である観客にとっては喜劇。そのあと新しい「何か」を作り上げて行く過程に、ドラマがあり、感動が生まれる。それが定石というものです。ところがこの映画は、最初にあるものを完全に壊す前に、次の関係が生まれる。これでは破壊の爽快感もなければ、悲劇も喜劇もない。主人公たちはそれまで持っていたすべての物を捨てて、丸裸になるべきだ。その上で、新しい夫婦愛を、家族の信頼関係を、仕事での成功を、信頼できる友人とのパートナーシップを築いて行けばいい。

 いろいろと不満も多い映画だけど、新鮮さを感じさせる場面もいろいろある。夫婦で互いの悪口を言い合う、冒頭のシーンは面白かった。このシーンだけで、夫婦の信頼関係や、ふたりがどんなに愛し合っているかがわかる。ニックがポールの家を訪ね、彼の努力ぶりやよき家庭人ぶりを垣間見るシーンも、定石通りだけどいい場面です。監督・脚本は『ジム・キャリーのエースにおまかせ!/エース・ベンチュラ2』のスティーブ・オーデカーク。本作には踊る警備員の役でほんの少し出演もしているので注目!

(原題:NOTHING TO LUSE)


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