ア・ラ・モード

1998/02/19 TCC試写室
天涯孤独の孤児が周囲の助けで一流デザイナーに成長する。
人間関係があたたかく、観てほっとする映画。by K. Hattori



 両親を事故で失った少年が、孤児院で親友に出会い、職業斡旋で出かけた仕立て屋で自分の才能を開花させ、生涯の伴侶を見つけ、社会的にも大成功するお話。すべてを失ったどん底から物語をスタートさせ、あとはひたすら右肩上がりにストーリーが推移して行くという構成は、それだけだとドラマ作りという点で工夫がないようにも思われるかもしれない。しかし映画を観ればすぐわかることだが、この作品では物語の中に小さな凸凹を数多く仕込み、展開が単調にならない工夫が随所に施されている。普通の映画だとストンと物語を一度落っことすところで、辛うじて落さずに次へ次へとつないで行く構成は、なまじパターン通りの起伏を付けるより余程スリリングなのだ。友情が破綻するかと見せて破綻しないとか、恋の終わりを予感させて終わりにならないなど、定石通りの展開を次々かわして行く様子が楽しいのです。

 フランス映画ですが、アメリカでもミラマックス社の手で配給されており、今回日本で公開されるのは米国版と同じ編集。フランス版より数分長くなっている。タイトルの『ア・ラ・モード』というのは、アメリカでのタイトルをカタカナ表記にしたもの。フランス公開時の原題は、主人公の名前ファウストから『Fausto』と付けられていました。僕はてっきり主人公が悪魔に魂を売るのと引き換えに、社会的成功を得る話かと思いましたが、特にファウスト伝説とは関係がないようです。

 仕立て屋で技術を覚えた少年が、店の宣伝のために次々と斬新なデザインの服を作り、それが徐々に認められて行くという話です。最後はファッションショーの場面で終わりますが、僕は昔デザイン学校に通っていたことがあるので、主人公がデザイン画を描いたり、ガタガタとミシンを踏んだり、小さな舞台でささやかなショーを開く場面には、既視感すら感じてしまいました。僕自身はグラフィック・デザイン専攻だったので、こうした場面に我がことのように感情移入することはなかったのですが、映画に描かれている内容は、かつて学校の中で見たことのある風景に限りなく近いものでした。この映画はある種の「おとぎ話」で、描かれているエピソードも、必ずしもリアリティーを狙ってはいない。でも若いドレスメーカーというのは、案外この映画に近いところから出発するものなのかもしれません。

 舞台になっているのは、パリ下町のユダヤ人街。ファウストの師匠である仕立て職人ミエテクや、隣家の肉屋、自動車工場のオヤジさん、その娘など、全員ユダヤ人です。この映画には、そうしたユダヤ人街の様子が、じつに生き生きと描かれている。ファウスト役のケン・イジュランもよかったけれど、慈愛あふれる仕立て屋ミエテクを演じたジャン・ヤンヌの素晴らしさが目を引きます。

 奇想天外な物語や、究極の人間ドラマを求める人にはすすめませんが、個人的には大変気に入っている映画ですし、観終えたあとの後味がこれほど良かった映画も、最近では珍しいと思います。

(原題:Fausto)



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