流れ者図鑑

1998/02/26 シネカノン試写室
北海道を自転車で旅する男と女の愛憎関係。
これはすごく面白い映画だ。by K. Hattori



 邦画びいきの僕でも、すべての映画を観ているわけではない。銀座近辺で公開されているメジャーな作品から回り始め、渋谷や新宿あたりをチェックし、中野や東中野は後回しになる。だから平野勝之監督の前作『由美香』も、タイトルと「アダルト・ビデオが劇場公開された」との噂だけを聞いただけで、僕自信は映画を観に行かなかった。あまり食指が動かされなかったのです。しかし今、僕はそれを猛烈に後悔している。平野監督の劇場2作目『流れ者図鑑』は、ここ数ヵ月に観た日本映画の中では、もっともパワーのある映画でした。

 監督と不倫相手の女優が自転車で北海道を旅して回る様子を、彼ら自身が小型ビデオカメラで撮影した映像をつないだ作品です。手法的には前作『由美香』の延長上にある作品ですが、主演女優は林由美香から松梨智子に交代し、新しい旅の記録になっている。当初の企画意図は、松梨と平野監督が旅をする中で、小劇場で女優経験があり、現在はAV監督志望の松梨に、平野監督がAV監督術を伝授しつつ、この旅の記録をAV作品として商品化するため、平野監督と松梨のセックスや、旅の中で出会った他の旅行者たちとの松梨のセックスを撮影してしまおうというものだった。ところが、物事はそうそうもくろみ通りには進まないのである。

 この旅には、スタートだけがあって、明確なゴールはない。旅の中で互いの信頼関係を育み、やがてそれが恋に似たものとなり、和気に満ちた良好な関係を作り上げて行くふたり。しかし、目的のない旅のストレスで、ふたりは疲れ、ストレートないら立ちを相手にぶつけるようになる。共通の目的を持って旅を続けながら、ふたりの気持ちは「恋愛」から「憎悪」に近い物へと変化して行く。やがて「旅を続けること」が自己目的化し、互いに相手を罵りながら、それでも旅を続けるまでになる。悲しくなるのは、そんなふたりの心の底には、相手に対する愛情がまだ残っていることなのだ。

 「北海道不倫自転車旅行」で、しかも「AV撮影」というシチュエーションがあまり一般的なものではないのですが、その枠組みの中で演じられている男と女のドラマは、世間の恋人たちや夫婦などと共通するものだと思う。むしろ自転車旅行という状況の中で、普通のカップルが数年かけてたどる道を、わずか数週間でたどってしまう様子は、見ていてすごくドキドキした。馴れ初めから付合い始めた頃の楽しさ、中だるみから倦怠期を経て破局へ否応なしに煮詰まって行くふたりの姿。う〜む。

 互いの感情を生々しく記録して行くカメラの視線が、恐いほどでした。正直な真情の吐露や感情のやりとりを、ビデオカメラで克明に記録して行く様子は、セックス場面なんて目じゃないよ。「そんなところまで撮るか?」「こんなもの撮ってしまっていいのか?」という場面の連続。編集時点で挿入されているテロップが、ふたりの姿を時間の中で相対化してゆくのも驚いた。今年の邦画ベスト10に、僕はこの作品を必ず入れるだろう。


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