絶体×絶命

1998/03/09 日本ヘラルド映画試写室
白血病の我が子を救えるのは脱走した殺人犯だけだ……。
アイデアは面白いが盛り上がりに欠ける。by K. Hattori



 刑事フランクには白血病の子供がいる。治療には骨髄移植が必要だが、適合する骨髄を持つ人間は数万人にひとり。通常のドナーに適合者がいなかったため、フランクはFBIの犯罪者データベースにアクセスして、服役囚の中から適合者を見つけ出す。唯一の該当者としてコンピュータがピックアップした人物は、殺人の罪で服役中の終身犯マッケイブだった。フランクは子供を救うために、マッケイブに骨髄の提供を依頼。しかしマッケイブは、これを脱獄のための千載一遇のチャンスと考えた。プロットだけ見ると面白そうなのに、出来た映画は平均点レベルを上回っていない。これは脚本にも大きな問題があるし、演出にも問題があるからだ。

 脚本上の最大の問題は、アンディ・ガルシア扮するフランク刑事の倫理観に疑問を感じること。父親が子供のために身を犠牲にするのは構わない。しかしそれが彼の刑事としての職業倫理に反することであった場合、彼は刑事としての立場を取るか、親としての立場を取るか、二者択一の選択をしなければならないと思う。刑事は市民のために働く公僕です。その公僕が、自分の子供を救うために、市民を犠牲にしたり、危険にさらしたりすることが許されるのだろうか? 罪のない幼い子供を救うためには、他の警官が何人犠牲になっても構わないのか? 犯人を取り逃がして、罪のない一般市民を危険にさらすことが許されるのだろうか? 彼が刑事であるならば、我が子のことは後回しにして、まずは市民の安全のために犯人を射殺すべきだった。

 演出上の問題は、犯人マッケイブの描き方。彼はフランクに執拗に追われる中で、少しずつ内面的な変化を遂げて行くのだが、その辺りが弱いように感じる。少年時代に父親に虐待された経験を持つマッケイブは、我が子のために血眼になっているフランクの「父性愛」が最初は理解できない。それが中盤以降「どうやら本気らしい」という認識に変わって、フランクとの利害対立はありつつも、出来れば彼の息子には助かってほしいという方向に心が動きはじめる。マッケイブのこうした内面葛藤が、もっと上手に表現されているとよかったと思う。

 たぶんこの映画は、フランクとマッケイブの追いつめ方がまだ足りないのです。公職にある立場と家族への愛に引き裂かれて苦悩する主人公像は、『エアフォース・ワン』の方がうまかった。警備の間隙を衝いて脱走する凶悪犯というエピソードは、『羊たちの沈黙』の方が迫力がある。そもそもマイケル・キートンに、僕は理解不能な凶暴性を感じないんだよね。キートン自身が、そもそも「よきパパ」タイプではありませんか。

 白血病治療については、もう少し丁寧な説明をした方がサスペンスが盛り上がると思う。抗原の適合するドナーを探すのが、いかに大変なことなのか、もっと説明がほしい。フランクがどれだけ苦労してドナーを探してきたのかが実感として伝わってこないので、マッケイブの生け捕りに執着する気持ちに同情しにくいのだ。

(原題:DESPERATE MEASURES)



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