スウィート・ヒアアフター

1998/03/23 徳間ホール
スクールバスの事故で子供を失った家族の癒しがたい悲しみ。
『エキゾチカ』のA・エゴイアン監督最新作。by K. Hattori



 日本では『エキゾチカ』だけが公開され、観客動員などの面で不名誉な記録を作った、アトム・エゴイアンの最新作。この映画は本年度のアカデミー賞で、監督賞と脚色賞にノミネートされていることからもわかるように、僕のような知性のかけらもない観客でも結構面白く観られます。『エキゾチカ』はあんまりイタダケナイ映画でしたから、その汚名返上というところでしょうか。ちなみにこの映画、配給元のKUZUIでも最初は「アトム・エゴイアン作品」ということにビビっていたようで、今年の正月に各方面に配った年賀状に刷った今年のラインナップにも、作品名だけがあって監督名はありません。他の作品は全部監督名併記なのに、この作品では、あえて監督名を伏せている。KUZUIとしては、アカデミー賞にノミネートされて一安心でしょうね。

 1995年冬。子供たちを乗せて学校へ向かうスクールバスが凍結した道でスリップし、厚く氷の張った湖に転落する事故が起きる。犠牲者は子供ばかり22名。事故から程なくして、町には都会からひとりの弁護士がやってくる。この映画は、事故の遺族を回って訴訟を持ち掛ける初老の弁護士の目を通して、事故で子供を失った親たちの、癒しがたい怒りと悲しみを浮き彫りにして行く。住民が皆顔見知りのような、小さな町の物語です。子供を失った親たちは隣人同士であり、事故の前も後も、何らかのつながりを持っている小さなコミュニティです。そのバランスが、この悲劇的な事故によってどう変質して行くのかも、この映画のもうひとつのテーマでしょう。

 弁護士を演じているのは、我々にも馴染み深い俳優イアン・ホルム。この物語の狂言回しであると同時に、子供を失いつつある父親という役どころを、貫禄たっぷりに演じている。複数の家族が抱えるそれぞれの「家庭の事情」を、弁護士が回って串刺しにして行く構成の映画です。この弁護士役が弱いと、映画全体がバラバラになってしまうところですが、このイアン・ホルムはいい。誠実で実直で温厚な男に見えながら、裏側にちょっとした山っ気のある男。他人の家庭問題に首を突っ込みながら、自分の家庭にも爆弾を抱えている男。そんな役に、イアン・ホルムはぴったりです。

 子供を失った親の癒しがたい悲しみと苦しみというテーマは、前作『エキゾチカ』でも描かれたものです。『エキゾチカ』と『スウィート・ヒアアフター』は、同じ魂を持つ双生児のような映画とも言えるでしょう。この映画の公開に合せて、ぜひ『エキゾチカ』をアンコール公開してほしいものです。(レイトショーで最終回にくっつければいい。)主となる時間の流れの中に異なる時間軸をカットバックさせる手法も、『エキゾチカ』との共通点。『スウィート・ヒアアフター』のユニークさは、カットバックさせるのが「過去の物語」ではなく、未来の風景であるということでしょう。このため最初は、全体の構成が読み取りにくい部分もあると思う。30分も観ていると、すっきりと全体が見えてきます。

(原題:The Sweet Hereafter)



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