風の歌が聴きたい

1998/03/26 シネセゾン試写室
大林宣彦監督が聾者夫婦の実話をもとに撮った映画。
2時間41分の大感動作。泣いた。by K. Hattori



 間もなく『SADA』も封切られる、大林宣彦監督の最新作。最近の大林映画の特徴は、まず上映時間が長い、次いで、トリッキーな映像を好んで作ることがあげられる。この映画の上映時間は2時間41分。「長さ」という点では最近のパターン通りだが、映像はいたってオーソドックス。いつもの饒舌なカメラワークはすっかり影を潜め、じっくりと腰をすえて、被写体に「語らせる」スタイルを貫いている。映像面での仕掛けはほとんどないのだが、2時間41分を少しも飽きさせず、最後まで観客を引っ張って行けるのは、芝居に密度があるからでしょう。大林監督は、芝居の演出も上手なんですよね。僕は最近、そんなことをすっかり忘れてました。

 夫婦揃って耳が不自由でありながら、トライアスロンの選手として幾度も大会で完走し、平成6年には子供も生まれた、高島良宏・久美子(旧姓・高木)夫妻をモデルにした映画です。主人公の名前は高森昌宏・早瀬奈美子に変えてありますが、これは「映画はまったくの実話じゃなくて、脚色してますよ」というサイン。映画は天宮良扮する高森昌宏が、宮古島のトライアスロン大会に出場し、スタートする場面から始まり、レースの展開に合わせて、妻となる奈美子との馴れ初め、交際の深まり、結婚、出産へと、回想シーンが挿入されて行く。

 この映画でもっとも大林監督らしいのは、いい年した天宮良と中江有里に、図々しくも中学生を演じさせている部分ぐらいかな。『SADA』では黒木瞳がローティーンの少女を演じていましたから、それほどのインパクトはありませんが、天宮良が詰め襟の学生服来て、坊主頭の中学生を演じているのも不思議な感じ。もっとも、これがちゃんとサマになって見えるのだから、大林監督はすごい人です。『SADA』はこの手法を確信犯的にギャグとして使っていたけど、この映画では、天宮良も中江有里も、ちゃんと中学生に見えるのがスゴイ。

 登場人物の台詞が、すべて字幕で画面の下に出る映画ですが、今まで観た「字幕付き映画」のどれよりも、字幕がうっとうしくない。これは台詞を全部字幕に反映させているからだと思う。字幕にするとき、台詞を少しでも省略したり縮めたりすると、台詞と字幕の差違が気になってしまうのです。この映画には、それがない。

 障害者が主人公の映画だと、どうしても彼らに対する同情をベースにした感動に走りがちなのですが、この映画は「同情」ではなく、「共感」で観客を感動させてくれる。思春期の異性への憧れ、青年期の挫折感、結婚への不安、出産の喜びなど、人生の節目に現われる喜怒哀楽は、障害者も健常者も何ら変わりはないのです。ふたりの人生をトライアスロンとオーバーラップさせて描くのは単純なアイデアですが、単純なだけに力強い効果を生み出している。レースが水泳から自転車、マラソンへと展開して行くたびに、ハラハラドキドキ、もう画面から目が離せないのです。夏休みに公開されるそうですが、この映画は絶対にオススメ。感動間違いなしです。


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