キング・オブ・クレズマー

1998/04/01 アップリンク・ファクトリー
伝統的なユダヤ音楽家エプスティン兄弟の記録映画。
音楽がすごくいい。感動します。by K. Hattori



 伝統的なユダヤ音楽の演奏家、エプスティン兄弟に取材したドキュメンタリー。1912年生まれのマックスは、クラリネットを担当するバンドのリーダー格。トランペットのウィリーは1919年生まれ。末弟のドラマー、ジュリーは1926年生まれ。この3人を中心に、ピアノやベース、時にはボーカルを加えた編成のバンドが、今も現役で活動しているようです。

 映画ファンなら、映画の中にユダヤ教の結婚式が登場する場面を、何度か観たことがあると思う。そこで伝統的ユダヤ音楽を演奏しているのが、エプスティン兄弟のような音楽家たちなのです。彼らの音楽は現在「クレズマー」と呼ばれていますが、「クレズマー」という言葉は本来、末流の音楽家を指す蔑称だったといいます。ユダヤ音楽に「クレズマー」という名前をつけて紹介したのは、若い世代の観客たちですが、エプスティン兄弟のような古くからの音楽家たちには、少し抵抗があったようです。今では自分たちの音楽が「クレズマー」と紹介されてもお構いなしですが、舞台の上で自分たちの音楽を紹介するときはやはり「ユダヤ音楽」と言ってました。

 クレズマーは東欧から移民してきた貧しいユダヤ人たちが、アメリカに伝えた伝統的音楽です。そのルーツは、当然ヨーロッパにある。この映画では、兄弟たちが移民であった父親の故郷を訪ね、現地のユダヤ人古老たちとイディシュ語で会話を交わし、最後に家の前で演奏する場面が印象的。マックスのクラリネットが奏でるメロディに合わせ、老人たちが歌を歌う場面は感動的だった。今はロシアの一部になっているらしい寒村のユダヤ人と、フロリダのユダヤ人音楽家たちが、同じ文化を共有しているという不思議さ。これがつまりは「民族性」や「文化」というものなのでしょう。

 映画の中で感激したのは、兄弟がドイツに演奏旅行に出かけ、そこで大勢の聴衆たちと一緒にイディシュ語の歌を歌う場面。エプスティン兄弟はフロリダで、収容所からの生還者の集いにも参加し、演奏している人たちです。かつて自分たちの民族を迫害したドイツ人たちと、同じ歌を口ずさんでいる様子を見て、音楽は恩讐を超えて存在するのだなと、感心した次第です。

 今世紀初頭に活躍した、アメリカのポピュラーソング作曲家の多くがユダヤ人だった関係で、ユダヤの伝統音楽はポップスにも影響を与えている。我々日本人がクレズマーを聞いた時どこか懐かしさを覚えるのは、東ヨーロッパの音楽にある少し東洋的な音階と、古いポピュラーソングで聞いたメロディとリズムをそこに見出すからかもしれません。結構、なごむ音楽だよな。

 映画はモノクロのビスタサイズ。公開時にはフィルムで上映されると思いますが、この日の試写は映写機の調子が悪く、ビデオとプロジェクターを使った上映になってしまった。モノクロ画面の黒がしまらず、少し間の抜けた映像に見えたのですが、これはフィルムだと少しはマシに見えるのかな。

(原題:A Tickle in the Heart)



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