栄光へのシュプール

1998/05/05 有楽町朝日ホール
冬季五輪で日本人初のメダリストとなった猪谷千春の伝記映画。
スキー場面にもう少し迫力がほしかった。by K. Hattori



 昭和31年、コルティナ・ダンベッツォで開催された第7回冬季オリンピックで、日本人として初めてメダルを獲得した猪谷千春の伝記映画。この時、猪谷が回転で受けた銀メダルは、現在でも日本が冬季五輪のアルペン種目で取った唯一のメダルだそうです。ジャンプや複合種目は、ノルディックという部類になるんですね。僕はスポーツにぜんぜん詳しくないのでよく知りませんでしたが、冬季五輪の花形は、どちらかというとアルペンの回転や大回転なのかな。まぁ日本人は、自国の選手が強い種目しか知らないし、好きにならないのですが……。

 この映画は昨年、銀座のシネパトスで短期間公開されていたのを観逃していたので、今回観られたのは幸運でした。物語は千春本人より、むしろ千春の父・六合雄の人物像にスポットが当てられています。自分の全人生を日本のスキー振興に賭けた猪谷六合雄は、自分の息子・千春にスキーの才能があることを見抜くと、徹底的な特訓で、彼を一流のスキーヤーに育て上げて行く。やがて千春は青年に成長し、自分が父の操り人形のようにスキーを学ばされたことを悩む。千春は父のもとを離れて東京で一人暮らしをはじめ、ここでようやく、自分とスキーとの関わりを再確認するわけです。何人かの支援者にも恵まれ、大きく成長した千春は、見事オリンピックで大輪の花を咲かせます。

 六合雄の猛烈教師ぶりが、この映画のメイン・モチーフです。いま盛んに叫ばれている「父権の復活」という言葉など、この人物の前では吹っ飛んでしまう。「巨人の星」に登場する、星一徹と飛雄馬みたいな親子関係が、本当にあるんだから驚いちゃいます。ただ、このドラマが陰惨にならないのは、六合雄自身が本当にスキーが好きだということが丁寧に描かれているからでしょう。彼は星一徹のように、挫折した己の夢を息子に託しているわけではない。父親は父親で、自分なりのスキーとの接し方を貫き、息子は息子で、その期待に応える成長ぶりを見せる。誰かに強いられてスキーをやっているわけではなく、自分たちがスキーが好きで好きでしょうがないから、スキーをやっているという感じがちゃんと出てる。

 それにしても、六合雄とその奥さんが、スキーに最適な雪と山を求めて、日本中を旅するのはすごいです。冬は雪山でスキーをし、夏はその山を最良の練習コースになるように整備する。家の裏山にスキーコースを作っちゃうんだもんね……。敗戦後、アメリカ軍用のスキー場にリフトがあるのを見て、即座にスキー場の管理人に立候補し、スキー場のすぐ近くに引っ越してしまう、その行動力の敏速さ。この人の生活は、すべてがスキー中心に巡っているのです。僕もこのぐらい「映画」中心に生きてみたいもんだ。ちなみに今住んでいるのは、映画館や試写室に近い場所ですけどね。

 大変よくできた映画だと思うけど、欲を言えば、もっと泣ける場面を作ってほしかった。演出の緩急で、観客の涙を絞れる場面はたくさんあると思うんだけど。


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