地球の動いた日

1998/05/05 有楽町朝日ホール
阪神淡路大震災で罹災した小学生たちを描くアニメ映画。
話は本物の迫力で、思わず涙した。by K. Hattori



 平成7年1月17日未明に起こった、阪神淡路大震災を正面から描いたアニメーション映画。大地震と、その後の脱出劇、身近にあふれる死、避難所の不便な生活、各種のボランティア活動、仮設住宅暮らし、別離などの要素を、子供の視点から巧みにまとめあげた脚本には好感を持った。特に、新聞やマスコミなどで「文字情報」としては知っていた避難所暮らしの様子が、映画にはしっかり描かれていたと思う。未明の地震で命からがら倒壊した家を這い出し、着の身着のままで避難所にたどり着いた人々は、おそらく避難所暮らしが長期にわたるなどと考えてもいなかったに違いない。しかしそれが長引くに連れ、プライバシーのない避難所の暮らしが、人々のストレスとなって暗い影を落としてくる。

 1月の地震から3月の卒業まで、2ヶ月弱の間にすべてのエピソードを押し込んだため、ひとつひとつのテーマに踏み込み不足な点も感じた。ここに描かれているどのエピソードも、それだけでドラマの中核となりうる重さと切実さを持っている。それだけに、どのエピソードも大事にしてしまったのだろうが、映画としては中心になるエピソードと、周辺のエピソードに振り分けて、全体の構成をシンプルにすべきだったと思う。今のように、各エピソードが数珠つなぎだと、本当に描きたいテーマが何なのかよくわからず、ただの情報映画のようになってしまう。エピソードを絞り込んで行けば、この映画は今より何倍も感動的な作品に仕上がり、結果として、周辺に追いやられたエピソードも、観客に鮮烈な印象を残すようになるでしょう。

 阪神淡路大震災を描いた映画は、出来事の大きさのわりにはあまりにも少ない。せいぜい『マグニチュード/明日への架け橋』という駄目な映画がある程度です。どうも日本の映画人は、歴史的な大事件は「今さら映画にならない」と思ってしまう傾向があるようです。あるいは、大惨事だった場合は、遺族の人に遠慮してしまうのかもしれない。たぶんオウム事件も、当分日本じゃ映画にできないんだろうなぁ……。阪神淡路大震災については、もっといろいろなドラマが眠っているはずだし、それを丹念に取材して行けば、映画やドラマのタネになりそうな話はいくらだって転がっていると思う。少し前まで、日本映画が面白くないのは、社会の中に大きな変動や対立がないからだという説もありましたが、阪神大震災やオウム事件を映画にしない態度を見る限りでは、こうした説は大いに疑問です。

 『地球が動いた日』は決して上手な映画でも、優れた映画でもないと思う。でも中に描かれているエピソードは、実際に被災地をまわって取材した様子がひしひしと伝わる「本物の迫力」に満ちています。震災直後、生徒たちの家を自転車で一件ずつ回って安否確認をする先生の姿が胸を打つのは、そのエピソードがよくできているからではなく、あの日確かにそういう先生がいたであろうという事実に、僕たちが感動するからなのです。


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