1998/05/06 メディアボックス試写室
気持ちの離れた家族が、息子の病気をきっかけに崩壊する。
台湾の異才・蔡明亮監督の作品。by K. Hattori


 台湾の映画監督、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の最新作。父・母・息子の3人家族がゆっくりと崩壊して行く様子を、長回しを多用したドキュメンタリー風のタッチで撮り上げた長編映画だ。蔡監督には『青春神話』『愛情萬歳』という作品があり、そのどれにもシャオカンという主人公が登場するのだそうです。(僕は前2作を未見。)僕は『河』でシャオカンを演じた李康生(リー・カンション)を、『台北ソリチュード』で見知っています。同じ『台北ソリチュード』で、彼と近親相姦関係にあった姉の役で出演していたチェン・シアンチーが、『河』にも出演しています。役どころはシャオカンの女友達で、彼とベッドシーンまであるので少しドキドキしてしまいました。なんだか近親相姦を見ているようで、すごく気になるんだよね……。もっともこの映画は最後の方で再び近親相姦が登場するので、その伏線としてわざわざこの配役にしたのかもしれない。

 家の中でほとんど会話をしない家族の物語なので、全体に台詞がすごく少ない。最初は、彼らが家族だとは気づかなかったし、同じ家の中に暮らしていることすら、すぐにはわからなかったほどです。説明的な台詞は一切なくて、観客は映画の中から必要な情報をたぐり寄せなくてはならない。もっとも、必要なものはすべて映画の中に描きつくされているので、状況を理解するのはそんなに大変ではありません。このあたりは、河瀬直美の『萌の朱雀』などとは大違いです。

 ここに登場する一家は、父親はゲイサウナに通い、息子は家に寄り付かず、母親は若い男と浮気をしている。家族は全員がそれぞれの個室を持ち、父親は上階からの水漏れに悩まされ、息子は突然襲ってきた首の痛みに悶絶し、母親はアダルトビデオを見ながらバイブレーターで自らを慰めている。母親と息子の間、父親と息子の間には少しずつ会話がありますが、母親と父親は映画中ただの一度も口を利かない。憎みあっているわけでもないのですが、互いに無関心でいることの快適さに慣れてしまったのでしょう。たぶん、父親は妻の浮気を知っているし、母親は夫の性癖をうすうす感づいていると思う。それでもふたりが別れないのは、相手に対して無関心だから、積極的に別れる理由も見つからないのでしょう。

 僕は長回しの多い映画を観ると眠くなってしまう方なんですが、この映画はひとつひとつのショットに力があるのか、まったく眠くならなかった。描いている対象はぜんぜん違うけど、アキ・カウリスマキの『浮き雲』に絵の感じが似ているかもしれない。特に室内のカットなど、光線が人工的でシュールな色合いがある。

 主人公の首が曲がったまま、どんな治療をしても治らないというモチーフは寓話的ですが、これは実際に主演の李康生に起こった事実をモデルにしているそうです。彼は『青春神話』出演後に、9ヶ月間も首が曲がっていたことがあるんだそうな。映画に描かれている通り、彼はあらゆる医者や寺を回ったんだそうです。

(原題:河流)


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